初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

「リエラ嬢には本当に申し訳ない事をした。アッシュ──セドリー伯爵令息の話は聞いてはいたのだけど、伯爵から恋人とは別れさせたと言われていてね」

 クライド殿下の執務室。
 向かい合ったソファに腰を掛け、申し訳無さそうに眉を下げるクライドの瞳をじっと見た。
 リエラの隣には父──アロット伯爵。お前は立ってろと父に目で訴えられたレイモンドは壁に張り付いて直立不動状態だ。

「セドリー伯爵にどうしてもと粘られ、私もつい根負けしてしまってね。リエラ嬢には申し訳ない事をしてしまった」
「いいえ」

 リエラは首を横に振った。
 セドリー伯爵令息はクライド殿下の従兄。お忙しい身では断り難かったというのも頷ける。
 ……しかし王家の親類に名を連ねる家門の、この失態はいただけないだろうな、とリエラはそっと考えを巡らす。

 第三王子(クライド)の名前を使い醜聞を広めた以上、きっとセドリー伯爵家のペナルティは回避できない。
(王家の名前は力強いけれど、同時に諸刃の剣という事ね)

「勿体無いお言葉でございます」
 リエラは丁寧に頭を下げた。
 明日は我が身。自分は被害者だからと礼儀を欠くのは頂けない。

 こうした場を設けて頂いている以上、我が家へのお咎めは無いという事だろう。
(良かった)
 リエラはホッと息を吐いた。
 きっと父の普段の行いが良いからに違いない。醜聞はクライドが収めてくれるのだろう。忙しいのに申し訳ないけれど。

「年頃の令嬢を縁戚の醜聞に巻き込んでしまった。この詫びは必ずする」
 殊勝な顔で謝罪を続けるクライドにリエラは慌てて首を横に振った。
「いいえ、そのお言葉だけで充分でございます。私の友人たちも心ない噂に怒ってくれましたの。ですから私はそれ程落ち込んでおりませんわ。それなのにこうして殿下に謝罪まで頂いてしまって、むしろ心苦しいくらいですのよ」
< 19 / 94 >

この作品をシェア

pagetop