初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
娘のこんな黒歴史に薄々勘付いていた両親は何も言わなかったけれど、レイモンドは甘えだと言って咎めてきたのも、多分間違いではない。
でもとても、そんな彼の視界の端ででも、厚顔にも他の男性へのアプローチなんて出来なかったのだ。
だからもう自分の婚姻は家の為になるものでお願いしますと、父にも告げてある。
何か言いたそうな父に、何も言わないで欲しいと目で訴えれば、分かったと頷いてくれた我がお父様、大好きです。
だからもういいのだ。自分は家の為に結婚してその後は生涯相手の方の領地から出ないつもりなので、放っておいて欲しい。切実にお願いします。許して下さい。
今回のお見合いの件で最悪修道院に行く事も考えたけど、何故何も悪い事をしていない自分が、あんな馬鹿男……ゴホン。セドリー伯爵令息の為に自分を犠牲にしなければならないのかと、ちょっと腹が立ったので却下だ。醜聞を引き受ける事で両親に迷惑を掛けたくもない。
そんな事を考えながら、せっせと足を進め、馬車止めの近くまで来たところでグンと腕を引かれた。
その勢いに腕が抜けるかと驚き振り返れば、そこには二日ぶりのセドリー伯爵令息──アッシュがとびきりの顰め面で立っていた。