初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
ドサッと音がした。
思わず令息と自分の手を、視線を行ったり来たりさせる。
……細身だとは思っていたけれど、想像以上に紙のようにペラかったようだ。逃げ出すチャンスだけど、目を回して倒れている人を放っておいていいものか躊躇いが生じた。
近づこうかどうしようか迷い、クララの様子を窺うと、リエラの背後を見て固まっていた。
まさか憲兵が? 逮捕されたらどうしようかとリエラも恐る恐る後ろを振り返った。
そこには緊迫した思考を上回るもの。
「う、ウォーカー令息……」
逃げたリエラを追いかけてきたのだろう、息を切らせたシェイドが立っていた。
(やばい、やばい)
頭の中で警鐘が鳴り響くも、四肢は痺れたように動く気配がない。自分の口から魂が半分抜けていったのが見えた。気がした……
「大丈夫ですか? リエラ嬢」
しかし肩に置かれたシェイドの手に、リエラはハッと意識を取り戻した。
(あ、眼鏡……)
いつもの装備は胸のポケットに収められており、前髪も汗で撫で付けられていて、子供の頃以来のご尊顔が全開である。
(クライド殿下にも引けを取らない美しさに目が潰れそう、ああ眼福……じゃなくて──!)
リエラは自分で自分の頬を殴る勢いで目を覚まし、今の状況に戦慄した。
自分は伸びてるセドリー令息から、婚約破棄をされたと称される身の上なのだ。勿論根も葉もない誤解であるのだが、果たして、一見して、……これはどう見えるだろうか……
ぞっと悪寒が背中を駆け上がった。