冷酷御曹司の激情が溢れ、愛の証を宿す~エリート旦那様との甘くとろける政略結婚~
『そちらのお兄さんもありがとうございました』
高齢女性が俺にもお礼の言葉を述べたそのとき、ようやく菫と目が合った。
『私も危ないところを助けていただきありがとうございました』
ぺこりと俺に頭を下げたあとで菫はなにかを思い出したのか、バッグからスマホを取り出すと青ざめた表情になる。
『もうこんな時間! 講義に遅れちゃう』
失礼します、と高齢女性と俺に頭を下げると、菫はものすごい速さでこの場を去っていった。
その後ろ姿をしばらく目で追いかけ、見えなくなったところでつい笑ってしまった。
なんだあのおもしろい子は。
『今時珍しいほど親切なお嬢さんね。お礼がしたいから、名前を聞けばよかったわ』
そう呟いた高齢女性の言葉に俺は同意する。
『そうですね。俺も彼女の名前が知りたかった』
高齢女性とはそこで別れ、俺は到着していた車に乗り込む。本社へ戻る間も、ついさっき会ったばかりの彼女のことを考えていた。
正義感が強く、しっかり者かと思いきや、講義に遅れそうだと慌ただしく立ち去っていく。
リクルートスーツを着ていたということは就職活動中の大学四年生だろうか。採用試験を終えて、講義を受けるため大学へ戻る途中だったのかもしれない。