冷酷御曹司の激情が溢れ、愛の証を宿す~エリート旦那様との甘くとろける政略結婚~
「――なにをしているんだ」
ふと隣から聞こえた声にハッとなる。振り向くと、いつの間にか充さんが立っていた。
「待たせたな」
彼を見た瞬間、私の背筋はピンと伸びて、頭のてっぺんから足のつま先まで力が入る。
「いえ、ぜんぜん待ってませんです」
「待ってませんです?」
動揺のせいでおかしな日本語が飛び出てしまった。充さんが訝しげに私を見つめる。
「緊張しているのか」
不意に彼の手が私に向かって伸びてきたので、思わず一歩後ずさり身構えた。それに気づいた充さんは一瞬だけ動きを止めたけれど、すぐにまた私に向かって手を伸ばし、頬を包むように触れてくる。
「心配ない。ベイカー先生も奥様もとても気さくな方だ。妻を連れていくと話したら、ふたりとも菫に会うのを楽しみにしていた」
どうやら充さんは、私の不自然な言動の原因はこのあとの食事会に緊張しているからだと思ったらしい。それを少しでも解そうとしてくれているのだろうか。
「そろそろ時間だ」
充さんは私の頬から手を離すと、ロビーの奥にあるエレベーターホールに向かって進んでいく。その背中を追い掛けた。