冷酷御曹司の激情が溢れ、愛の証を宿す~エリート旦那様との甘くとろける政略結婚~
ふと脳裏をよぎるのは先ほどのロビーでの一件。充さんに向かって土下座をしていた男性のようにはなりたくない。
とりあえず自分のわずかな英語力を信じて自己紹介を続けることにした。
「マイネームイズ スミレ・ミサワ……」
動揺していたせいか、うっかり旧姓で名乗ってしまった。すぐに「スミレ・ミヤジョウ」と言い直す。
もはや怖すぎて充さんのほうを見られなかった。
「えっと……えーっと」
もうなにを話していいのかわからない。
こんなことなら英語をもっと勉強しておくべきだった。充さんの留学時代の恩師がアメリカの方だとわかっていたのだから、せめて自己紹介くらいは練習しておけば今こんなことにはなっていなかったのに。
続きの英語が出てこない私を見兼ねたのか、充さんがベイカー夫妻に声を掛ける。でも、なにを言っているのか私にはわからなかった。
「――菫」
充さんに名前を呼ばれて顔を上げる。
「こちらが大学院時代の恩師のベイカー先生。それと、奥様のカレン夫人だ」
どうやら彼は私に恩師夫妻を改めて紹介してくれたらしい。私はふたりに向かって深く頭を下げた。
すると、ベイカー先生が一歩私に歩み寄り、肩をトントンと叩く。顔を上げると、彼はにっこりと笑った。
「ダイジョーブ。ニホンゴ、チョットデキルヨ」
ベイカー先生はそう言うと、私にウインクをする。
「キモノ、キレイデスネ」
ベイカー先生に着物を褒められた私はようやく少しだけ笑顔が戻った。