冷酷御曹司の激情が溢れ、愛の証を宿す~エリート旦那様との甘くとろける政略結婚~
後にわかるのだが、その女性が菫だった。
栗色の短めの髪を後ろでひとつに結び、服装はリクルートスーツ。まだ二十代そこそこと若そうなのに、だいぶ正義感の強い女性だと感心した。
いつの間にか周囲には野次馬がいて、俺も少し離れたところから状況を注視する。
『うるさいな。お前に関係ないだろ。こっちは仕事で急いでるんだ』
立ち止まって振り返った男が苛立つように声をあげて、菫たちのほうに戻ってくる。その様子からして注意されたことに腹を立てているようだが、菫に怯む様子は見られない。
『急いでいるからってぶつかったのに謝罪もないのは社会人としてどうなんでしょうか』
『生意気だな、女のくせに』
『女とか関係ないでしょ。おばあさんに謝ってください』
これはもう完全に揉めてしまっている。当事者である高齢女性もおろおろと戸惑っているようだし、野次馬たちは傍観しているだけ。
俺もどうしたものかと見守ってはいたが、菫とのやり取りに苛立ちの限界を超えたのか、男がいきなり右手を大きく振り上げた。
その瞬間、俺はとっさに体が動いていた。