政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
ハッピーハネムーン
「隆之さん、見て! たくさんいる!」
コテージの部屋に入るなりバルコニーへ駆け出して、由梨は声をあげた。
後ろで隆之が苦笑しながら上着を脱いでいる。荷物を置いてから自分もバルコニーへ出てきた。
「あ! あっちにも」
そして、バルコニーの手すりに身を乗り出すようにしている由梨を後ろから包むように抱きしめた。
「ほら、気をつけて」
耳元で囁かれて、由梨はハッとして口をつぐんだ。子どもみたいにはしゃいでしまったことが恥ずかしかった。
「……ごめんなさい、私」
「いや、いいよ。喜んでいる由梨を見られて嬉しいよ」
頬を染めてうつむいた由梨の頭にキスを落として、隆之も目の前の壮大な自然を眺めた。
今二人は夏の休暇を利用しての新婚旅行中である。二週間のヨーロッパ周遊の旅だ。
行き先については隆之が、
「俺はどこでもいいから由梨が決めて」
と言い、由梨が選んだのだ。
今までの由梨だったら、そんなふうに言われたら、本当に自分が決めていいのかと、躊躇していたような気がする。
でも最近は、隆之がそう言うのならそれを素直に受け止めて、自分の気持ちを優先させることができるようになっていた。
とはいえ、すぐに決められたわけではない。たくさんのパンフレットをもらってきたはいいけれど一つに決めることは到底できそうにないと途方に暮れた。
なにしろ由梨は旅行自体ほとんど行ったことがない。パスポートすら持っていなかったのだ。行きたいところがありすぎて、とてもじゃないが一つには絞れない。
困り果てた由梨が相談したのは、秘書課の面々だった。
「せっかくだから、豪華客船の旅がいいですよ~!! 社長だったらお金いーぱい持ってるでしょうし、スイートルームで世界一周なんてどうですか?」
奈々の意見はとても魅力的だったけれど、さすがにそういうわけにはいかない。その点長坂の方はもっと現実的だった。
「それは、二週間じゃ無理よ。そうねー南の島がいいんじゃない? 綺麗な海辺に寝そべってなんにもしないの。……でも、なんだか爽やかな青い海って、殿には似合わないような気もするわね?」
とにかく隆之がいなければ秘書室のメンバーはのんびりできる、なるべく長くなるべく遠くに行ってこいと二人は口を揃えて言った。
結局、ワインと食事が楽しめるイタリアもいいけれど、フランス捨てがたい…と由梨がぶつぶつ言っているのを隆之が聞きつけて、どうせならヨーロッパの国々をいくつか周ろうということになったのだ。
そして最後にノルウェーまで足を伸ばして、大自然の中にあるこのコテージに泊まろうと言い出したのは隆之だった。
この宿泊施設は大自然の中で白狼(しろおおかみ)を飼育保護する施設の中にある。
バルコニーからは自然の中で自由にのびのひと過ごす狼の様子をいつでも見ることができるのだ。
由梨が小さい頃に行った動物園で狼に魅せられて、それ以来大好きになってしまったという話を覚えていてくれたのだ。
「日本には、野生の狼はもういないからね。自由に駆け回る狼を見られる機会はそう多くはないし、どう?」
そして今、青い空と澄んだ空気のもと、自由に駆け回る狼を前にして由梨は胸を高鳴らせている。
「そんなにじっと見つめて、恋してるみたいだな」
由梨の髪に顔を埋めて、隆之が耳に囁いた。少しくすぐったいその感触に、由梨はくすくすと笑う。
「……そうかもしれません。私ずっと女子校でしたけど、よく学校で友達がアイドル雑誌を見て、かっこいいって騒いでたんです。それにはイマイチぴんとこなかったけど、遠足で行った動物園の狼にはドキドキしてたから……」
「なるほど」
隆之が呟いて、腕の中の由梨をくるりと回した。
「由梨の初恋は狼ってわけか」
すぐ近くで見つめられて由梨の胸がどきりとした。
「俺と結婚するまでは恋する気持ちも知らなかったと言ってたのに。嘘をついていたんだな」
その言葉に、由梨は目を見開いた。
まさか狼に対する憧れと、彼に焦がれる恋心は同列であるわけがない。
でもそれを否定することができないのは、彼のこの目のせいだと思う。由梨の大好きな気高いアルファの誇りを帯びたこの狼の瞳の……
「それれは……ん」
口を開きかけた由梨の唇を、隆之ざ親指で優しく押さえる。そしてにっこりと微笑んだ。
「まぁ、いいや。それより由梨、ノルウェーのおさらい、してくれる?」
由梨はホッと息を吐いた。
この"おさらい"は、この旅での恒例になっているふたりのやりとりだ。
日本各地のお酒と郷土料理が趣味の由梨は、せっかく外国へ行くのだからと旅行前に訪れる国々の名産の下調べをたくさんした。
隆之は、新しい国に着くたびにこうやって由梨に話を聞きたがった。
これが"おさらい"だ。
そしてその由梨の話をもとに二人で街を散策する。
こんな風に時間を気にせず、二十四時間ずっと一緒に、彼と過ごせるのは結婚してから初めてのことだ。
「ノルウェーのお酒といえば、アクアヴィットとビールです。アクアヴィットの歴史は古くて……」
説明をひとしきり聞き終えて、隆之は由梨の頬にキスをした。
「じゃあ、今日の夕食はヘラジカかザリガニかな。まだ時間があるから、由梨は好きなだけバルコニーで狼を見てて、俺は中にいるから」
「はい」
由梨は頬を染めて頷いた。
コテージの部屋に入るなりバルコニーへ駆け出して、由梨は声をあげた。
後ろで隆之が苦笑しながら上着を脱いでいる。荷物を置いてから自分もバルコニーへ出てきた。
「あ! あっちにも」
そして、バルコニーの手すりに身を乗り出すようにしている由梨を後ろから包むように抱きしめた。
「ほら、気をつけて」
耳元で囁かれて、由梨はハッとして口をつぐんだ。子どもみたいにはしゃいでしまったことが恥ずかしかった。
「……ごめんなさい、私」
「いや、いいよ。喜んでいる由梨を見られて嬉しいよ」
頬を染めてうつむいた由梨の頭にキスを落として、隆之も目の前の壮大な自然を眺めた。
今二人は夏の休暇を利用しての新婚旅行中である。二週間のヨーロッパ周遊の旅だ。
行き先については隆之が、
「俺はどこでもいいから由梨が決めて」
と言い、由梨が選んだのだ。
今までの由梨だったら、そんなふうに言われたら、本当に自分が決めていいのかと、躊躇していたような気がする。
でも最近は、隆之がそう言うのならそれを素直に受け止めて、自分の気持ちを優先させることができるようになっていた。
とはいえ、すぐに決められたわけではない。たくさんのパンフレットをもらってきたはいいけれど一つに決めることは到底できそうにないと途方に暮れた。
なにしろ由梨は旅行自体ほとんど行ったことがない。パスポートすら持っていなかったのだ。行きたいところがありすぎて、とてもじゃないが一つには絞れない。
困り果てた由梨が相談したのは、秘書課の面々だった。
「せっかくだから、豪華客船の旅がいいですよ~!! 社長だったらお金いーぱい持ってるでしょうし、スイートルームで世界一周なんてどうですか?」
奈々の意見はとても魅力的だったけれど、さすがにそういうわけにはいかない。その点長坂の方はもっと現実的だった。
「それは、二週間じゃ無理よ。そうねー南の島がいいんじゃない? 綺麗な海辺に寝そべってなんにもしないの。……でも、なんだか爽やかな青い海って、殿には似合わないような気もするわね?」
とにかく隆之がいなければ秘書室のメンバーはのんびりできる、なるべく長くなるべく遠くに行ってこいと二人は口を揃えて言った。
結局、ワインと食事が楽しめるイタリアもいいけれど、フランス捨てがたい…と由梨がぶつぶつ言っているのを隆之が聞きつけて、どうせならヨーロッパの国々をいくつか周ろうということになったのだ。
そして最後にノルウェーまで足を伸ばして、大自然の中にあるこのコテージに泊まろうと言い出したのは隆之だった。
この宿泊施設は大自然の中で白狼(しろおおかみ)を飼育保護する施設の中にある。
バルコニーからは自然の中で自由にのびのひと過ごす狼の様子をいつでも見ることができるのだ。
由梨が小さい頃に行った動物園で狼に魅せられて、それ以来大好きになってしまったという話を覚えていてくれたのだ。
「日本には、野生の狼はもういないからね。自由に駆け回る狼を見られる機会はそう多くはないし、どう?」
そして今、青い空と澄んだ空気のもと、自由に駆け回る狼を前にして由梨は胸を高鳴らせている。
「そんなにじっと見つめて、恋してるみたいだな」
由梨の髪に顔を埋めて、隆之が耳に囁いた。少しくすぐったいその感触に、由梨はくすくすと笑う。
「……そうかもしれません。私ずっと女子校でしたけど、よく学校で友達がアイドル雑誌を見て、かっこいいって騒いでたんです。それにはイマイチぴんとこなかったけど、遠足で行った動物園の狼にはドキドキしてたから……」
「なるほど」
隆之が呟いて、腕の中の由梨をくるりと回した。
「由梨の初恋は狼ってわけか」
すぐ近くで見つめられて由梨の胸がどきりとした。
「俺と結婚するまでは恋する気持ちも知らなかったと言ってたのに。嘘をついていたんだな」
その言葉に、由梨は目を見開いた。
まさか狼に対する憧れと、彼に焦がれる恋心は同列であるわけがない。
でもそれを否定することができないのは、彼のこの目のせいだと思う。由梨の大好きな気高いアルファの誇りを帯びたこの狼の瞳の……
「それれは……ん」
口を開きかけた由梨の唇を、隆之ざ親指で優しく押さえる。そしてにっこりと微笑んだ。
「まぁ、いいや。それより由梨、ノルウェーのおさらい、してくれる?」
由梨はホッと息を吐いた。
この"おさらい"は、この旅での恒例になっているふたりのやりとりだ。
日本各地のお酒と郷土料理が趣味の由梨は、せっかく外国へ行くのだからと旅行前に訪れる国々の名産の下調べをたくさんした。
隆之は、新しい国に着くたびにこうやって由梨に話を聞きたがった。
これが"おさらい"だ。
そしてその由梨の話をもとに二人で街を散策する。
こんな風に時間を気にせず、二十四時間ずっと一緒に、彼と過ごせるのは結婚してから初めてのことだ。
「ノルウェーのお酒といえば、アクアヴィットとビールです。アクアヴィットの歴史は古くて……」
説明をひとしきり聞き終えて、隆之は由梨の頬にキスをした。
「じゃあ、今日の夕食はヘラジカかザリガニかな。まだ時間があるから、由梨は好きなだけバルコニーで狼を見てて、俺は中にいるから」
「はい」
由梨は頬を染めて頷いた。