『政略結婚は純愛のように』番外編集
隆之の戦い
「潮時だ、隆之。加賀ホールディングスへ戻れ」
加賀ホールディングスの本社ビル最上階にある応接室で、叔父は隆之にそう言った。
加賀ホールディングスはこの地にたくさんある加賀家の関連企業を取りまとめる持株会社で、社長は代々加賀家の本家の長男が就くことが慣例となっている。
脳卒中で倒れたまま、未だ身体が不自由な父親に代わり隆之は約半年前、社長に就任した。
取締役副社長としてずっと父を支えてきた父の弟である叔父は、今も隆之のよき相談相手である。
その叔父に呼び出された時から話の内容を予感していた隆之は、すぐには返事をせずに黙り込んだ。
「今井の時代はもう終わった。今ならそう傷も深くならんだろう。手を引け」
叔父の意見が正しいことは隆之自身肌で感じている。
ここ数年、北部支社だけが黒字で他の支社は赤字が続いている。
かろうじて本社は黒字だが、コンツェルン全体の連結決算では焼石に水だった。
今井コンツェルンという巨大な船は確実に沈もうとしている。
共倒れになる前に、社長の座を辞して加賀ホールディングスが所有する北部支社の株式を売ってしまえという叔父の言い分は経営者として至極真っ当な意見だった。
「全国的に名の通った今井のブランド力の元で、お飾りの社長のお守りをしながら副社長として采配をふるう。先先代からの取り決めは悪い話ではなかったが、もはや時代は変わったのだ。今やどこへ出向いても今井といえば古い体制の象徴だろう。血族だけを大事にして、ろくな人材が育たない。あの企業に未来はない」
「北部支社はずっと黒字が続いています」
苦し紛れに隆之は言う。
だが、それがなんの意味もないことは隆之自身が一番よくわかっていた。
「隆之、加賀ホールディングスへ戻り、同じ事業内容の会社を加賀ブランドで立ち上げるんだ。連れて来たい人材がいるのなら引き抜けばいい。蜂須賀はついてくるだろう」
「……そんなことをすれば、混乱は避けられないでしょう。北部支社がこの地域で担ってきた役割は計り知れない」
「ああ、だがお前ならそのくらいの混乱は抑え込めるだろう。多少のダメージがあったとしても、長いスパンで考えればその方がいいに決まっている」
加賀グループのことだけを考えれば叔父の話はもっともだ。グループを率いる者の責務として、そうするべきだということもわかっている。
だが。
「……こうなってみれば、今井のお嬢さんを嫁にとったのは間違いだったかもしらんな」
いつまでも結論を出さない隆之に、叔父がため息混じりに言う。
「ことが公になる前に、実家に戻ってもらってはどうだろう」
政略結婚であった以上、叔父がそう思うのは当然だ。だがそれは絶対に有り得ないことだった。ふたりはもう硬い絆で結ばれている。
「由梨は関係ありません。今井家と決裂したとしても彼女は絶対に手放さない。私は、由梨との結婚があるから迷っているわけではない」
「だったら、さっさと決断しろ隆之。このままグループが損害を被るのをみすみす見逃すのは俺が許さん。……期限は加賀ホールディングスの次の取締役会だ。その時に、お前の考えを聞かせてもらう」
そう結論づけて隆之の返事を聞くことなく、叔父は部屋を出て行った。
残された隆之は、右手の拳を握り締めて、しばらくその場を動けなかった。
加賀ホールディングスの本社ビル最上階にある応接室で、叔父は隆之にそう言った。
加賀ホールディングスはこの地にたくさんある加賀家の関連企業を取りまとめる持株会社で、社長は代々加賀家の本家の長男が就くことが慣例となっている。
脳卒中で倒れたまま、未だ身体が不自由な父親に代わり隆之は約半年前、社長に就任した。
取締役副社長としてずっと父を支えてきた父の弟である叔父は、今も隆之のよき相談相手である。
その叔父に呼び出された時から話の内容を予感していた隆之は、すぐには返事をせずに黙り込んだ。
「今井の時代はもう終わった。今ならそう傷も深くならんだろう。手を引け」
叔父の意見が正しいことは隆之自身肌で感じている。
ここ数年、北部支社だけが黒字で他の支社は赤字が続いている。
かろうじて本社は黒字だが、コンツェルン全体の連結決算では焼石に水だった。
今井コンツェルンという巨大な船は確実に沈もうとしている。
共倒れになる前に、社長の座を辞して加賀ホールディングスが所有する北部支社の株式を売ってしまえという叔父の言い分は経営者として至極真っ当な意見だった。
「全国的に名の通った今井のブランド力の元で、お飾りの社長のお守りをしながら副社長として采配をふるう。先先代からの取り決めは悪い話ではなかったが、もはや時代は変わったのだ。今やどこへ出向いても今井といえば古い体制の象徴だろう。血族だけを大事にして、ろくな人材が育たない。あの企業に未来はない」
「北部支社はずっと黒字が続いています」
苦し紛れに隆之は言う。
だが、それがなんの意味もないことは隆之自身が一番よくわかっていた。
「隆之、加賀ホールディングスへ戻り、同じ事業内容の会社を加賀ブランドで立ち上げるんだ。連れて来たい人材がいるのなら引き抜けばいい。蜂須賀はついてくるだろう」
「……そんなことをすれば、混乱は避けられないでしょう。北部支社がこの地域で担ってきた役割は計り知れない」
「ああ、だがお前ならそのくらいの混乱は抑え込めるだろう。多少のダメージがあったとしても、長いスパンで考えればその方がいいに決まっている」
加賀グループのことだけを考えれば叔父の話はもっともだ。グループを率いる者の責務として、そうするべきだということもわかっている。
だが。
「……こうなってみれば、今井のお嬢さんを嫁にとったのは間違いだったかもしらんな」
いつまでも結論を出さない隆之に、叔父がため息混じりに言う。
「ことが公になる前に、実家に戻ってもらってはどうだろう」
政略結婚であった以上、叔父がそう思うのは当然だ。だがそれは絶対に有り得ないことだった。ふたりはもう硬い絆で結ばれている。
「由梨は関係ありません。今井家と決裂したとしても彼女は絶対に手放さない。私は、由梨との結婚があるから迷っているわけではない」
「だったら、さっさと決断しろ隆之。このままグループが損害を被るのをみすみす見逃すのは俺が許さん。……期限は加賀ホールディングスの次の取締役会だ。その時に、お前の考えを聞かせてもらう」
そう結論づけて隆之の返事を聞くことなく、叔父は部屋を出て行った。
残された隆之は、右手の拳を握り締めて、しばらくその場を動けなかった。