『政略結婚は純愛のように』番外編集
昼休みもとうに過ぎたというのに、北部支社のエントランスホールは、社員でごった返している。
皆が注目しているのは、エントランスに置かれている大きなモニター画面だ。普段は、会社の紹介や行事予定が映し出されているモニターには、今日だけお昼の料理番組が流れている。皆それを固唾を呑んで見守っている。
もちろん料理番組を観にきたわけではない。
今日は加賀ホールディングスのTOBの結果が発表される日。午前中に、昼のニュース速報で結果が流れるのでは?という噂が社内で広まって、自然と皆が集まってきたのである。
由梨も企画課のメンバー、長坂や奈々と肩を寄せ合ってモニター画面を見つめている。料理番組が終われば、昼のニュースが始まる。
「由梨先輩……」
「奈々ちゃん」
ドキドキしながら、由梨が奈々と手を取り合った時。ピコンピコンと、電子音がモニターから鳴り響いた。ニュース速報だ。
画面の中では、ちょうど美味しそうな煮物が出来上がっている。その画面の上部に、文字が映し出された。
《加賀ホールディングス、今井コンツェルン北部支社に対するTOB成立を発表。子会社化に成功》
途端に、エントランスホール中の社員から、わっと歓声があがる。
皆、手を叩いて、喜びを爆発させている。
「由梨先輩!」
「奈々ちゃん!」
由梨も奈々と抱き合って喜んだ。
「やれやれ、ね。まったく殿は、ひやひやさせるんだから」
心底安心したように胸を撫で下ろす長坂と、課長の蜂須賀を中心に手を取り合って喜ぶ企画課の面々。
由梨の胸が熱くなった。
やってくれた!
彼なら、絶対に大丈夫だと信じていたけれど、やっぱり少しは不安だった。
でも本当にやってくれたのだ!
やはり彼は、真のリーダーだ。
その時。
「あ! ねぇ、あれ」
よかったよかったと言い合う社員の中から声があがる。指差す方に注目すると、ビルのエントランスに、黒い車が滑り込むように到着した。
ドアが開き降り立ったのは、隆之だった。
雪国の冷たい風に、クセのある黒い髪をなびかせて午後の日差しを目を細めて見上げている。
一カ月ぶりの彼は、由梨の目に少し痩せたように映る。でも彼が持つ威厳と風格は、まったくそのままだった。
振り返り、ホールに詰めかけている社員たちに目を止めて、彼は驚いたように瞬きをする。そしてふっと笑みを漏らして、くつ音を鳴らしてホールに入ってきた。
「なんだ? 祭りでもあるのか?」
「社長!」
「加賀社長!」
「おかえりなさい!」
社員たちから声があがる。
その様子に、隆之が噴き出した。
「ははは、熱烈なお出迎えだな! 入口で待っててくれるなんて。……ありがとう。ただいま」
そして肩を揺らしてくっくって笑っている。
その手放しの笑顔と、飾らない言葉にその場にいるすべての者が魅了され、自分たちのアルファの帰還を実感した。
由梨の視界が滲んで、社員たちに囲まれる隆之の姿が見えなくなった。
「今井さん」
「由梨先輩」
由梨のもとへも自然と人が集まった。
「よかったですね」
手を取り合い喜びを分かち合う。
しばらくすると、隆之が近くまでやってきた。
まず彼は、長坂と奈々を見て呆れたような声を出した。
「また、君たちは……秘書室をからにしていたな。戻ると連絡を入れたのに、誰もでなかったぞ」
冗談混じりに小言を言う。その彼の姿を見ていたら、心の底から安心して由梨の身体から力が抜けてゆく。
「由梨!」
一瞬視界がくらりとなって、ふらついた由梨を隆之が危なげなく抱き止めた。
「大丈夫か⁉︎」
大好きな彼の香りに包まれて由梨はゆっくり目を開く。
「すみません、大丈夫です。なんか安心しちゃって……」
「由梨」
そこへ。
「社長」
意を決したように、隆之に呼びかける者がいる。
天川だった。
「あの……今井さん、社長がご不在の間、ずっとすごく頑張っておられました。不安そうな様子は一切見せないで、いつも笑顔で……私たち今井さんの笑顔に励まされたんです。きっと本当は一番不安だったと思うのに……」
天川の言葉に、企画課のメンバーがうんうんと頷いている。
隆之が柔らかく微笑んだ。
「そうか」
そしてまた由梨を見つめる。
「頑張ってくれたんだな」
この一カ月は、永遠にも思えるほど長くて、寂しく感じられた。彼に、会いたくて会いたくて会いたくてたまらなかった。
でもこうやって戻って来てくれた今、すべてのことが報われて由梨の心に溶けてゆく。
全社員皆が見守っていることも忘れて、由梨は彼に向かって微笑んだ。
「隆之さん、おかえりなさい」
同時にギュッと抱きしめられて、温かい声音が耳元で囁いた。
「ありがとう由梨。ただいま」
皆が注目しているのは、エントランスに置かれている大きなモニター画面だ。普段は、会社の紹介や行事予定が映し出されているモニターには、今日だけお昼の料理番組が流れている。皆それを固唾を呑んで見守っている。
もちろん料理番組を観にきたわけではない。
今日は加賀ホールディングスのTOBの結果が発表される日。午前中に、昼のニュース速報で結果が流れるのでは?という噂が社内で広まって、自然と皆が集まってきたのである。
由梨も企画課のメンバー、長坂や奈々と肩を寄せ合ってモニター画面を見つめている。料理番組が終われば、昼のニュースが始まる。
「由梨先輩……」
「奈々ちゃん」
ドキドキしながら、由梨が奈々と手を取り合った時。ピコンピコンと、電子音がモニターから鳴り響いた。ニュース速報だ。
画面の中では、ちょうど美味しそうな煮物が出来上がっている。その画面の上部に、文字が映し出された。
《加賀ホールディングス、今井コンツェルン北部支社に対するTOB成立を発表。子会社化に成功》
途端に、エントランスホール中の社員から、わっと歓声があがる。
皆、手を叩いて、喜びを爆発させている。
「由梨先輩!」
「奈々ちゃん!」
由梨も奈々と抱き合って喜んだ。
「やれやれ、ね。まったく殿は、ひやひやさせるんだから」
心底安心したように胸を撫で下ろす長坂と、課長の蜂須賀を中心に手を取り合って喜ぶ企画課の面々。
由梨の胸が熱くなった。
やってくれた!
彼なら、絶対に大丈夫だと信じていたけれど、やっぱり少しは不安だった。
でも本当にやってくれたのだ!
やはり彼は、真のリーダーだ。
その時。
「あ! ねぇ、あれ」
よかったよかったと言い合う社員の中から声があがる。指差す方に注目すると、ビルのエントランスに、黒い車が滑り込むように到着した。
ドアが開き降り立ったのは、隆之だった。
雪国の冷たい風に、クセのある黒い髪をなびかせて午後の日差しを目を細めて見上げている。
一カ月ぶりの彼は、由梨の目に少し痩せたように映る。でも彼が持つ威厳と風格は、まったくそのままだった。
振り返り、ホールに詰めかけている社員たちに目を止めて、彼は驚いたように瞬きをする。そしてふっと笑みを漏らして、くつ音を鳴らしてホールに入ってきた。
「なんだ? 祭りでもあるのか?」
「社長!」
「加賀社長!」
「おかえりなさい!」
社員たちから声があがる。
その様子に、隆之が噴き出した。
「ははは、熱烈なお出迎えだな! 入口で待っててくれるなんて。……ありがとう。ただいま」
そして肩を揺らしてくっくって笑っている。
その手放しの笑顔と、飾らない言葉にその場にいるすべての者が魅了され、自分たちのアルファの帰還を実感した。
由梨の視界が滲んで、社員たちに囲まれる隆之の姿が見えなくなった。
「今井さん」
「由梨先輩」
由梨のもとへも自然と人が集まった。
「よかったですね」
手を取り合い喜びを分かち合う。
しばらくすると、隆之が近くまでやってきた。
まず彼は、長坂と奈々を見て呆れたような声を出した。
「また、君たちは……秘書室をからにしていたな。戻ると連絡を入れたのに、誰もでなかったぞ」
冗談混じりに小言を言う。その彼の姿を見ていたら、心の底から安心して由梨の身体から力が抜けてゆく。
「由梨!」
一瞬視界がくらりとなって、ふらついた由梨を隆之が危なげなく抱き止めた。
「大丈夫か⁉︎」
大好きな彼の香りに包まれて由梨はゆっくり目を開く。
「すみません、大丈夫です。なんか安心しちゃって……」
「由梨」
そこへ。
「社長」
意を決したように、隆之に呼びかける者がいる。
天川だった。
「あの……今井さん、社長がご不在の間、ずっとすごく頑張っておられました。不安そうな様子は一切見せないで、いつも笑顔で……私たち今井さんの笑顔に励まされたんです。きっと本当は一番不安だったと思うのに……」
天川の言葉に、企画課のメンバーがうんうんと頷いている。
隆之が柔らかく微笑んだ。
「そうか」
そしてまた由梨を見つめる。
「頑張ってくれたんだな」
この一カ月は、永遠にも思えるほど長くて、寂しく感じられた。彼に、会いたくて会いたくて会いたくてたまらなかった。
でもこうやって戻って来てくれた今、すべてのことが報われて由梨の心に溶けてゆく。
全社員皆が見守っていることも忘れて、由梨は彼に向かって微笑んだ。
「隆之さん、おかえりなさい」
同時にギュッと抱きしめられて、温かい声音が耳元で囁いた。
「ありがとう由梨。ただいま」