『政略結婚は純愛のように』番外編集
「由梨、朝だぞ」
優しくて温かい隆之の声を聞いて、由梨はゆっくりと目を開く。
まだまだ眠たくて夢の中にいたい気分だった。
妊娠してからずっと眠気を強く感じるようになったのだが、隆之が東京から帰ってきてからは特にひどくなったようだ。
もういくら寝ても寝足りないという日々が続いている。
「きっと安心されたからですよ」
と秋元は言ってくれるし、なによりお腹の子が順調ならばそれでいいと思うけれど、とにかく朝起きるのがつらかった。
「んー」
唸りながら、もう一度目を閉じると大きな手に優しく頭を撫でられる。
頬に、瞼に、そっと優しく触れられる。
「眠いな……。大丈夫か? りんごがあるぞ」
少し心配そうなその声音に、ようやく由梨は目を開けた。
眠たくてたまらないけれど、大好きな旦那様に起こされる幸せな目覚めだった。
「おはようございます」
「ん、おはよう。朝ごはんはできてるから。準備をしておいで」
そう言って彼はウォークインクローゼットの方へ歩いていく。
自分の支度をするためだ。
ゆっくりと起き上がり、ベッドの上で頭を覚醒させてから、由梨はカーディガンを羽織りダイニングへ行く。
テーブルの上にひとり分の朝食がきっちりと並べられている。
軽く焼いたトーストにウインナー、りんご、牛乳。
席に着くと、シャツを着て寝室からやってきた隆之が、カボチャのスープを温め始めた。
「先に食べ始めたら?」
「はい。ありがとうございます」
いただきますをして、由梨はパンにかぶりついた。
毎朝こんな風に先に起きた彼に、朝食を作ってもらうようになって、しばらく経つ。ようやく慣れたところだった。
はじめはありえないと驚いて、やめてほしいとお願いした。
だって彼は毎日由梨よりもはるかに夜遅くまで働いていて、確実に由梨よりも疲れているのだ。しかも彼自身は朝食を食べない。
それなのに、わざわざ由梨の分だけを用意してもらうなんて。
でも彼は由梨の懇願を意に介さず、毎日欠かさず由梨に朝食を作ってくれる。
「お互いにやれることをやればいいんだよ、夫婦なんだから。由梨はお腹の子を第一に考えてくれ」
その言葉に納得して、由梨は『すみません』と謝るのをやめて、今は『ありがとうございます』と、感謝の気持ちを口にするようにしている。
「美味しい……」
温かいカボチャのスープをひと口飲んで由梨はため息をつく。
心の中からじんわりと温まるような心地がした。
「作ったのは由梨だからな。美味いのは当然だ」
向かいの席に座り、自分で淹れたコーヒーを飲みながら隆之は言う。
そうだけど、それだけじゃないと由梨は思う。彼が由梨のために温めてくれたからこそ、こんなに美味しく感じるのだ。
「ふふふ、今日も一日頑張れそう」
由梨が呟くと、隆之が眉を寄せた。
「ああ、でも今日は寒くなりそうだ」
そしてあっという間にコーヒーを飲み終えて立ち上がった。一旦寝室へ行きネクタイとジャケット、コートを手に戻ってくる。
彼は毎日由梨よりも一時間も早く出勤する。
「予報では午後からは吹雪くとなっている。由梨、絶対に雪の上は歩くなよ。外回りはないだろうがランチの時も会社からは出るな。こういう日は他の社員も……」
ネクタイを締めながらくどくど言う隆之を、由梨は幸せな気持ちで見つめている。
チェックの織りが入ったダークグレーのスーツにえんじ色のネクタイを締める彼はなんてカッコいいんだろう。襟元で跳ねている黒い髪が愛おしくてたまらなかった。
今自分は、昔思い描いた夢の中にいるのだと思う。ありえない絶対に無理だと諦めていた夢だ。
愛する人に愛されて、幸せな家庭を築く。しかもお腹には彼の子まで授かった。幸せすぎて怖いくらいだ。
「——り、由梨? ちゃんと、聞いてるのか?」
コートを着てすっかり準備が整った隆之が怪訝な表情で由梨を見ている。
「調子が悪いなら、無理しない方が……」
「あ、聞いています。大丈夫です」
由梨は慌てて口を開いた。
「たしかに寒そうですよね。雪どのくらい降るのかなぁ?」
「……」
本当に聞いていたのかと言わんばかりに眉を寄せる隆之をよそに、由梨は時計を指差した。
「隆之さん、時間大丈夫ですか?」
「……ああ、じゃあ、行ってくる。だが由梨くれぐれも気をつけるんだぞ。無理はするな。それから今夜は、君が寝るくらいまでには帰れそうだ。……でも眠たいなら先に寝るように。無理に起きて待ったらダメだぞ」
ドアから出る直前まで、そんなことを言う隆之に、由梨はくすくす笑いながら手を振った。
「はい、わかりました。いってらっしゃい、隆之さん」
「……いってきます」
パタンと閉まるドアの向こうで彼は、出勤してきた秋元と出会ったようだ。
「あら、おはようございます、旦那さま。いってらっしゃいませ」
と声をかけられている。
「ああ、おはよう、いってきます。あ、そうだ。りんごがなくなりそうだったから、今日もし買い物に出るなら買ってきておいてくれ」
そう言い残して、足早に家を出て行く彼の足音を聞きながら由梨はまたスープをひと口飲んだ。
優しくて温かい隆之の声を聞いて、由梨はゆっくりと目を開く。
まだまだ眠たくて夢の中にいたい気分だった。
妊娠してからずっと眠気を強く感じるようになったのだが、隆之が東京から帰ってきてからは特にひどくなったようだ。
もういくら寝ても寝足りないという日々が続いている。
「きっと安心されたからですよ」
と秋元は言ってくれるし、なによりお腹の子が順調ならばそれでいいと思うけれど、とにかく朝起きるのがつらかった。
「んー」
唸りながら、もう一度目を閉じると大きな手に優しく頭を撫でられる。
頬に、瞼に、そっと優しく触れられる。
「眠いな……。大丈夫か? りんごがあるぞ」
少し心配そうなその声音に、ようやく由梨は目を開けた。
眠たくてたまらないけれど、大好きな旦那様に起こされる幸せな目覚めだった。
「おはようございます」
「ん、おはよう。朝ごはんはできてるから。準備をしておいで」
そう言って彼はウォークインクローゼットの方へ歩いていく。
自分の支度をするためだ。
ゆっくりと起き上がり、ベッドの上で頭を覚醒させてから、由梨はカーディガンを羽織りダイニングへ行く。
テーブルの上にひとり分の朝食がきっちりと並べられている。
軽く焼いたトーストにウインナー、りんご、牛乳。
席に着くと、シャツを着て寝室からやってきた隆之が、カボチャのスープを温め始めた。
「先に食べ始めたら?」
「はい。ありがとうございます」
いただきますをして、由梨はパンにかぶりついた。
毎朝こんな風に先に起きた彼に、朝食を作ってもらうようになって、しばらく経つ。ようやく慣れたところだった。
はじめはありえないと驚いて、やめてほしいとお願いした。
だって彼は毎日由梨よりもはるかに夜遅くまで働いていて、確実に由梨よりも疲れているのだ。しかも彼自身は朝食を食べない。
それなのに、わざわざ由梨の分だけを用意してもらうなんて。
でも彼は由梨の懇願を意に介さず、毎日欠かさず由梨に朝食を作ってくれる。
「お互いにやれることをやればいいんだよ、夫婦なんだから。由梨はお腹の子を第一に考えてくれ」
その言葉に納得して、由梨は『すみません』と謝るのをやめて、今は『ありがとうございます』と、感謝の気持ちを口にするようにしている。
「美味しい……」
温かいカボチャのスープをひと口飲んで由梨はため息をつく。
心の中からじんわりと温まるような心地がした。
「作ったのは由梨だからな。美味いのは当然だ」
向かいの席に座り、自分で淹れたコーヒーを飲みながら隆之は言う。
そうだけど、それだけじゃないと由梨は思う。彼が由梨のために温めてくれたからこそ、こんなに美味しく感じるのだ。
「ふふふ、今日も一日頑張れそう」
由梨が呟くと、隆之が眉を寄せた。
「ああ、でも今日は寒くなりそうだ」
そしてあっという間にコーヒーを飲み終えて立ち上がった。一旦寝室へ行きネクタイとジャケット、コートを手に戻ってくる。
彼は毎日由梨よりも一時間も早く出勤する。
「予報では午後からは吹雪くとなっている。由梨、絶対に雪の上は歩くなよ。外回りはないだろうがランチの時も会社からは出るな。こういう日は他の社員も……」
ネクタイを締めながらくどくど言う隆之を、由梨は幸せな気持ちで見つめている。
チェックの織りが入ったダークグレーのスーツにえんじ色のネクタイを締める彼はなんてカッコいいんだろう。襟元で跳ねている黒い髪が愛おしくてたまらなかった。
今自分は、昔思い描いた夢の中にいるのだと思う。ありえない絶対に無理だと諦めていた夢だ。
愛する人に愛されて、幸せな家庭を築く。しかもお腹には彼の子まで授かった。幸せすぎて怖いくらいだ。
「——り、由梨? ちゃんと、聞いてるのか?」
コートを着てすっかり準備が整った隆之が怪訝な表情で由梨を見ている。
「調子が悪いなら、無理しない方が……」
「あ、聞いています。大丈夫です」
由梨は慌てて口を開いた。
「たしかに寒そうですよね。雪どのくらい降るのかなぁ?」
「……」
本当に聞いていたのかと言わんばかりに眉を寄せる隆之をよそに、由梨は時計を指差した。
「隆之さん、時間大丈夫ですか?」
「……ああ、じゃあ、行ってくる。だが由梨くれぐれも気をつけるんだぞ。無理はするな。それから今夜は、君が寝るくらいまでには帰れそうだ。……でも眠たいなら先に寝るように。無理に起きて待ったらダメだぞ」
ドアから出る直前まで、そんなことを言う隆之に、由梨はくすくす笑いながら手を振った。
「はい、わかりました。いってらっしゃい、隆之さん」
「……いってきます」
パタンと閉まるドアの向こうで彼は、出勤してきた秋元と出会ったようだ。
「あら、おはようございます、旦那さま。いってらっしゃいませ」
と声をかけられている。
「ああ、おはよう、いってきます。あ、そうだ。りんごがなくなりそうだったから、今日もし買い物に出るなら買ってきておいてくれ」
そう言い残して、足早に家を出て行く彼の足音を聞きながら由梨はまたスープをひと口飲んだ。