政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
隆之の怖いもの
「もうだいぶ目立つようになってきたね」
由梨のお腹に視線を送り、天川が微笑んだ。
「ふふふ、楽しみね」
隣でお茶を飲みながら、山辺が言う。
「もう重いでしょう?」
「はい、腰が痛くて」
由梨は、スパゲティを絡めているフォークを持つ手を止めて頷いた。
北部物産株式会社の社員食堂である。
今日は珍しく外出の予定がない天川に誘われて、山辺と三人で昼休みを食堂で過ごしている。
今由梨は妊娠8ヶ月を過ぎたところ。
ずいぶんとお腹が目立つようになってきた。9ヶ月を越したら産休に入ることになっているから、こんな風に食堂にもしばらくは来られなくなる。
そうと思うと、今のうちになるべくたくさんこういう機会を設けておきたいと思う。
「もう性別はわかったんでしょう?」
山辺に問われて、由梨は頷いた。
「はい、たぶん女の子だって言われました」
「おっ、いいじゃん! 女の子可愛いよ~」
姉が子沢山だという天川が声をあげた。
「なんと言っても、服が選びがいがある!去年のオーガニックフェアのベビー服コーナの売上は、女の子の服が男の子の二倍だったんだよ」
企画課らしくそんなことを付け加えた。
「そうね。ついつい女の子の服は手が伸びちゃうかな」
自身も女の子と男の子、両方のママである山辺が頷いた。
「加賀さんは、どっちがいいとかいう希望はあったの?」
その質問に由梨は首を横に振った。
「私は、どっちでも。無事に生まれてきてくれればそれで」
もちろん由梨もはじめのうちは、隆之に似た男の子がいいなとか、いや女の子だったら一緒におしゃれを楽しんだり恋愛の相談を受けたりできるだとか、いろいろなことを考えた。
でも妊娠中の自分の身体の変化が予想以上に大変で、自然とそういうことは考えなくなったのだ。
とにかく無事に生まれてきてほしい、由梨の希望はそれだけだ。
「そうよねー、無事に産まれてきてくれるだけで、ありがたいよね。でも男は産まないからさ、好き勝手言うのよ。うちの旦那なんてさ……」
そこで少し山辺の口から愚痴が出る。
基本的に彼女のところの夫婦仲は良さそうだが、時々残念な発言があるという。
「上が息子なんだけど、生まれて少し経ったくらいだったかな? 『本当は女がよかったけど、生まれてみれば男の子もかわいかった』なんて言ったのよ! いや、良い意味で言ってるのはわかるけど、前半いらなくない? みたいな」
その言葉に天川が苦笑している。
「確かに……。悪気はなさそうですけどね。社長はどうだったの? 男と女どっちがいいとか言ってた?」
突然自分に話を振られて由梨はすぐには答えられなかった。
「えーと……」
少し考えてから口を開く。
「特にどっちがいいとかいう話にはならなかったかな。女の子だって言った時は喜んでくれたと思うけど……」
正確には女の子だと知った時の隆之の反応は『そうか』といったものだった。
その後すぐに、妊娠の経過は順調なのかと尋ねられて話題が変わったから、本当のところ彼が喜んでいたのかどうか由梨にはわからない。
でもまさかそれをそのまま言うわけにはいかないから、由梨はやや曖昧に言う。
そしてその由梨の説明で、ふたりは納得したようだ。
「さすが社長。余計なことは言わないのね」
と、頷き合っている。
「うちの旦那とは違うわね」
山辺はそう言うけれど、彼女の夫の反応を由梨は少し羨ましいと思っていた。
余計なことだ彼女は言うが『女の子がいいと思っていたけれど、男の子でも可愛かった』という言葉は、それだけ子供に夢中になっている、ということだろう。
もちろん隆之だって生まれたらまた反応は違うのかもしれないけれど……。
そんなことを考えて、由梨は浮かない気分になる。
山辺が少し心配顔になった。
「加賀さん? あ、もしかして、親戚の方から何か言われてるんじゃない? その……社長のお家って立派な家柄だから、後継ぎとか、男の子がよかったとか」
そういう部分にまで頭が回るのはさすがは既婚者だと由梨は思う。
もしかしたら彼女自身も婚家からあれこれ言われた経験があるのかもしれない。
東京とは少し違って、この街は結婚に関してやや保守的な部分がある。
でも今度は、由梨はきっぱりと答えた。
「大丈夫です。みなさん喜んでくれています」
もしかしたら本当は何か言われているのかもしれない。
旧家における本家の長男というポジションがどれほどのものか、自身も財閥の家柄出身の由梨はよく知っている。
男の子を期待していた人はいるはずだ。
でもその声が由梨の耳に届くことはなかった。
おそらくはすべて隆之がすべてシャットアウトしてくれているのだろう。
彼にはそういう気遣いも、力もある。
そのあたりの事情も山辺には、なんとなく伝わるようだ。
「やっぱり社長、さすがね」
と言って納得した。
「ふふふ、社長、女の子だと溺愛しそうだよねー」
「そうね、私たちからは想像つかないけど」
そんなことを話す二人を、由梨は複雑な気持ちで見つめていた。
由梨のお腹に視線を送り、天川が微笑んだ。
「ふふふ、楽しみね」
隣でお茶を飲みながら、山辺が言う。
「もう重いでしょう?」
「はい、腰が痛くて」
由梨は、スパゲティを絡めているフォークを持つ手を止めて頷いた。
北部物産株式会社の社員食堂である。
今日は珍しく外出の予定がない天川に誘われて、山辺と三人で昼休みを食堂で過ごしている。
今由梨は妊娠8ヶ月を過ぎたところ。
ずいぶんとお腹が目立つようになってきた。9ヶ月を越したら産休に入ることになっているから、こんな風に食堂にもしばらくは来られなくなる。
そうと思うと、今のうちになるべくたくさんこういう機会を設けておきたいと思う。
「もう性別はわかったんでしょう?」
山辺に問われて、由梨は頷いた。
「はい、たぶん女の子だって言われました」
「おっ、いいじゃん! 女の子可愛いよ~」
姉が子沢山だという天川が声をあげた。
「なんと言っても、服が選びがいがある!去年のオーガニックフェアのベビー服コーナの売上は、女の子の服が男の子の二倍だったんだよ」
企画課らしくそんなことを付け加えた。
「そうね。ついつい女の子の服は手が伸びちゃうかな」
自身も女の子と男の子、両方のママである山辺が頷いた。
「加賀さんは、どっちがいいとかいう希望はあったの?」
その質問に由梨は首を横に振った。
「私は、どっちでも。無事に生まれてきてくれればそれで」
もちろん由梨もはじめのうちは、隆之に似た男の子がいいなとか、いや女の子だったら一緒におしゃれを楽しんだり恋愛の相談を受けたりできるだとか、いろいろなことを考えた。
でも妊娠中の自分の身体の変化が予想以上に大変で、自然とそういうことは考えなくなったのだ。
とにかく無事に生まれてきてほしい、由梨の希望はそれだけだ。
「そうよねー、無事に産まれてきてくれるだけで、ありがたいよね。でも男は産まないからさ、好き勝手言うのよ。うちの旦那なんてさ……」
そこで少し山辺の口から愚痴が出る。
基本的に彼女のところの夫婦仲は良さそうだが、時々残念な発言があるという。
「上が息子なんだけど、生まれて少し経ったくらいだったかな? 『本当は女がよかったけど、生まれてみれば男の子もかわいかった』なんて言ったのよ! いや、良い意味で言ってるのはわかるけど、前半いらなくない? みたいな」
その言葉に天川が苦笑している。
「確かに……。悪気はなさそうですけどね。社長はどうだったの? 男と女どっちがいいとか言ってた?」
突然自分に話を振られて由梨はすぐには答えられなかった。
「えーと……」
少し考えてから口を開く。
「特にどっちがいいとかいう話にはならなかったかな。女の子だって言った時は喜んでくれたと思うけど……」
正確には女の子だと知った時の隆之の反応は『そうか』といったものだった。
その後すぐに、妊娠の経過は順調なのかと尋ねられて話題が変わったから、本当のところ彼が喜んでいたのかどうか由梨にはわからない。
でもまさかそれをそのまま言うわけにはいかないから、由梨はやや曖昧に言う。
そしてその由梨の説明で、ふたりは納得したようだ。
「さすが社長。余計なことは言わないのね」
と、頷き合っている。
「うちの旦那とは違うわね」
山辺はそう言うけれど、彼女の夫の反応を由梨は少し羨ましいと思っていた。
余計なことだ彼女は言うが『女の子がいいと思っていたけれど、男の子でも可愛かった』という言葉は、それだけ子供に夢中になっている、ということだろう。
もちろん隆之だって生まれたらまた反応は違うのかもしれないけれど……。
そんなことを考えて、由梨は浮かない気分になる。
山辺が少し心配顔になった。
「加賀さん? あ、もしかして、親戚の方から何か言われてるんじゃない? その……社長のお家って立派な家柄だから、後継ぎとか、男の子がよかったとか」
そういう部分にまで頭が回るのはさすがは既婚者だと由梨は思う。
もしかしたら彼女自身も婚家からあれこれ言われた経験があるのかもしれない。
東京とは少し違って、この街は結婚に関してやや保守的な部分がある。
でも今度は、由梨はきっぱりと答えた。
「大丈夫です。みなさん喜んでくれています」
もしかしたら本当は何か言われているのかもしれない。
旧家における本家の長男というポジションがどれほどのものか、自身も財閥の家柄出身の由梨はよく知っている。
男の子を期待していた人はいるはずだ。
でもその声が由梨の耳に届くことはなかった。
おそらくはすべて隆之がすべてシャットアウトしてくれているのだろう。
彼にはそういう気遣いも、力もある。
そのあたりの事情も山辺には、なんとなく伝わるようだ。
「やっぱり社長、さすがね」
と言って納得した。
「ふふふ、社長、女の子だと溺愛しそうだよねー」
「そうね、私たちからは想像つかないけど」
そんなことを話す二人を、由梨は複雑な気持ちで見つめていた。