政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
ふたりのアルバム
「これは小学校に入る前の頃ですねぇ」
ローテーブルの上に積まれた古いアルバムのひとつを開いて、秋元が懐かしそうな声を出す。そこに貼られている写真の数々に、由梨は思わず声をあげた。
「か、かわいい~‼︎」
少し色褪せた写真の中には、やんちゃそうな男の子。
意志が強そうな目と黒いくせ毛は今に通じるものがあるが、頬や唇は子どもらしくぷくぷくとしてかわいらしい。
完全にハートをわしづかみにされてしまって、由梨はアルバムを手に取って夢中でページ巡った。
「あ、泣いてる! きゃ、こっちは笑顔! これは着物ですね。七五三ですか? おでこがかわいいー!」
かわいいが止まらない由梨の隣で秋元がくすくす笑った。
「ふふふ、今からは想像もつきませんよね」
「そうですね。でもくせ毛なんかはそのまま。目も!」
夜更けの加賀家のリビングである。
由梨と住み込みの家政婦である秋元は、ソファに座り納戸から引っ張り出してきた古いアルバムを広げている。
さすがはこの地に古くからある名家加賀家の長男だけあって隆之の写真はたくさんある。
一年に一冊じゃきかないくらいだった。
でもいくら見てもまったく見飽きることはない。
かわいくて、でもちょっと負けん気が強そうで、もうできることならタイムスリップして直接抱きしめたいくらいだった。
「これ全部額に入れて、部屋に飾りたいくらいです。ベッドサイドに置いて……」
少し興奮して、由梨はため息をつく。
なんだか胸がいっぱいだった。
「本当にこまめに写真を撮られてたんですね……すごいなぁ」
同時に、そうしてくれていた秋元に感謝した。
彼女が大切に保管してくれていたからこそ、由梨は今こうやって大好きな旦那さまの歴史を、つぶさに見ることができるのだ。
「ふふふ、これ好きだな、満面の笑顔。ふふ、アイスクリームがほっぺについて……」
「なにを見てるんだ?」
そこで声をかけられてふたりは振り返る。いつのまにかドアのところに隆之が立っていた。
「あ……おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
隆之は首を傾げたままネクタイを外しながらテーブルの方へやってくる。そして、由梨の髪にキスを落とした。
「ただいま」
「⁉︎」
由梨は目を丸くして頬を染める。
一方でそんな隆之の行動を目にしたはずの秋元は、平然として報告をした。
「旦那さまのアルバムを見ていたんですよ」
以前は隆之のことを"ぼっちゃま"と呼んでいた彼女は、結婚を機に旦那さまと呼び方を変えた。
隆之がテーブルの上にてんこ盛りのアルバムを見て呆れたような声を出した。
「だからってこんなに出してくることないのに」
「これでも厳選したんですよ」
そう言いながら秋元は立ち上がる。
「由梨さん、見終わったらここにそのまま置いておいて下さいね。明日片付けますから。では私は失礼いたします」
そしてそそくさと部屋を出ていった。
「私が見たいってお願いしたんです」
そう言って由梨はまたアルバムのページをめくる。年齢が上がるにつれて流石に段々と枚数は減っていくようだ。
中学、高校あたりは何か行事があった時のみになっている。
それでも笑顔でもなくめんどくさそうにしているのが却って由梨のハートをわし掴みにした。
由梨は中学から短大までを厳格な女子高に通った。
だから同級生に男の子がいるという状況は本やテレビの中でしか知らないが、もし写真の中の隆之が同じ教室にいたとしたら一瞬で恋に落ちてしまうだろう。
「もういいだろう……そんなもの」
隆之がソファの背に手をついて由梨の後ろからアルバムを覗き込む。いつのまにか寝室へ行き着替えてきたようだ。
「かわいいじゃないですか!」
由梨は振り向いた。
「大きくなってからは、すごくカッコいいし。私今までアイドルとか俳優さんに夢中になるっていう気持ちがいまいちわからなかったんですけど、今わかったような気がします」
少し興奮して由梨は言う。
「一枚もらって、手帳に挟みたいくらいです」
隆之がまたため息をついてソファを回り込む。そして由梨の隣に腰を下ろした。
「私、これ好きだな」
由梨は一枚の写真を指差した。袴姿の隆之だ。剣道部の防具を手に持っていた。
「隆之さん、剣道部だったんですね」
今より短い髪が新鮮で由梨の胸はときめいた。
「……中高とね。それは大会の時のやつだな」
隆之が興味なさそうに答えた。
「ふふふ、凛々しくて素敵。おでこが見えてるのか好きだな」
「……由梨」
「あ! こっちも袴姿。盾を持ってる」
「……由梨」
「優勝したんですか? ふふふ、すごいなぁ……。⁉︎」
写真の彼に夢中になっていた由梨は、ぐいっと腕を引かれて隆之の方を向かせられる。
「? あ、あの……」
「由梨、隣に実物がいる」
隆之がどこか不機嫌に言った。
「あ、ごめんなさい……」
ジッと見つめられて、由梨はようやく隆之の様子に気がついた。
「すごく素敵だったから……つい……」
隣にいる隆之の存在を忘れてしまっていた。
真正面から彼の瞳に見つめられて由梨は思わず目を伏せた。
由梨は彼のこの目に弱い。
こうやって見つめられると、すぐに身体が熱くなって彼以外のことは考えられなくなってしまうのだ。
それは自分でもわかっている。
でも時々、実は彼の方もそれに気がついているのではないかと思う時がある。
わかっていて、彼はこうするのかもしれないと。
「あの……隆之さん?」
「……疲れて帰ってきた旦那さまそっちのけで、男の写真に夢中だなんて、許せないな」
隆之がそんなことを言ってアルバムを取り上げる。そしてそのまま由梨を優しくソファの上に押し倒した。
「た、隆之さ……ん」
大きな腕に囲われて上からジッと見つめられると、写真はすべて隆之本人のものじゃないかという反論は、どこかへ溶けて消えてゆく。
もう頭の中は彼のことでいっぱいだ。
「由梨、今由梨が見るべきなのは誰?」
「……隆之さん……です」
隆之がにっこりと微笑んで、パジャマのボタンに手をかけた。
ローテーブルの上に積まれた古いアルバムのひとつを開いて、秋元が懐かしそうな声を出す。そこに貼られている写真の数々に、由梨は思わず声をあげた。
「か、かわいい~‼︎」
少し色褪せた写真の中には、やんちゃそうな男の子。
意志が強そうな目と黒いくせ毛は今に通じるものがあるが、頬や唇は子どもらしくぷくぷくとしてかわいらしい。
完全にハートをわしづかみにされてしまって、由梨はアルバムを手に取って夢中でページ巡った。
「あ、泣いてる! きゃ、こっちは笑顔! これは着物ですね。七五三ですか? おでこがかわいいー!」
かわいいが止まらない由梨の隣で秋元がくすくす笑った。
「ふふふ、今からは想像もつきませんよね」
「そうですね。でもくせ毛なんかはそのまま。目も!」
夜更けの加賀家のリビングである。
由梨と住み込みの家政婦である秋元は、ソファに座り納戸から引っ張り出してきた古いアルバムを広げている。
さすがはこの地に古くからある名家加賀家の長男だけあって隆之の写真はたくさんある。
一年に一冊じゃきかないくらいだった。
でもいくら見てもまったく見飽きることはない。
かわいくて、でもちょっと負けん気が強そうで、もうできることならタイムスリップして直接抱きしめたいくらいだった。
「これ全部額に入れて、部屋に飾りたいくらいです。ベッドサイドに置いて……」
少し興奮して、由梨はため息をつく。
なんだか胸がいっぱいだった。
「本当にこまめに写真を撮られてたんですね……すごいなぁ」
同時に、そうしてくれていた秋元に感謝した。
彼女が大切に保管してくれていたからこそ、由梨は今こうやって大好きな旦那さまの歴史を、つぶさに見ることができるのだ。
「ふふふ、これ好きだな、満面の笑顔。ふふ、アイスクリームがほっぺについて……」
「なにを見てるんだ?」
そこで声をかけられてふたりは振り返る。いつのまにかドアのところに隆之が立っていた。
「あ……おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
隆之は首を傾げたままネクタイを外しながらテーブルの方へやってくる。そして、由梨の髪にキスを落とした。
「ただいま」
「⁉︎」
由梨は目を丸くして頬を染める。
一方でそんな隆之の行動を目にしたはずの秋元は、平然として報告をした。
「旦那さまのアルバムを見ていたんですよ」
以前は隆之のことを"ぼっちゃま"と呼んでいた彼女は、結婚を機に旦那さまと呼び方を変えた。
隆之がテーブルの上にてんこ盛りのアルバムを見て呆れたような声を出した。
「だからってこんなに出してくることないのに」
「これでも厳選したんですよ」
そう言いながら秋元は立ち上がる。
「由梨さん、見終わったらここにそのまま置いておいて下さいね。明日片付けますから。では私は失礼いたします」
そしてそそくさと部屋を出ていった。
「私が見たいってお願いしたんです」
そう言って由梨はまたアルバムのページをめくる。年齢が上がるにつれて流石に段々と枚数は減っていくようだ。
中学、高校あたりは何か行事があった時のみになっている。
それでも笑顔でもなくめんどくさそうにしているのが却って由梨のハートをわし掴みにした。
由梨は中学から短大までを厳格な女子高に通った。
だから同級生に男の子がいるという状況は本やテレビの中でしか知らないが、もし写真の中の隆之が同じ教室にいたとしたら一瞬で恋に落ちてしまうだろう。
「もういいだろう……そんなもの」
隆之がソファの背に手をついて由梨の後ろからアルバムを覗き込む。いつのまにか寝室へ行き着替えてきたようだ。
「かわいいじゃないですか!」
由梨は振り向いた。
「大きくなってからは、すごくカッコいいし。私今までアイドルとか俳優さんに夢中になるっていう気持ちがいまいちわからなかったんですけど、今わかったような気がします」
少し興奮して由梨は言う。
「一枚もらって、手帳に挟みたいくらいです」
隆之がまたため息をついてソファを回り込む。そして由梨の隣に腰を下ろした。
「私、これ好きだな」
由梨は一枚の写真を指差した。袴姿の隆之だ。剣道部の防具を手に持っていた。
「隆之さん、剣道部だったんですね」
今より短い髪が新鮮で由梨の胸はときめいた。
「……中高とね。それは大会の時のやつだな」
隆之が興味なさそうに答えた。
「ふふふ、凛々しくて素敵。おでこが見えてるのか好きだな」
「……由梨」
「あ! こっちも袴姿。盾を持ってる」
「……由梨」
「優勝したんですか? ふふふ、すごいなぁ……。⁉︎」
写真の彼に夢中になっていた由梨は、ぐいっと腕を引かれて隆之の方を向かせられる。
「? あ、あの……」
「由梨、隣に実物がいる」
隆之がどこか不機嫌に言った。
「あ、ごめんなさい……」
ジッと見つめられて、由梨はようやく隆之の様子に気がついた。
「すごく素敵だったから……つい……」
隣にいる隆之の存在を忘れてしまっていた。
真正面から彼の瞳に見つめられて由梨は思わず目を伏せた。
由梨は彼のこの目に弱い。
こうやって見つめられると、すぐに身体が熱くなって彼以外のことは考えられなくなってしまうのだ。
それは自分でもわかっている。
でも時々、実は彼の方もそれに気がついているのではないかと思う時がある。
わかっていて、彼はこうするのかもしれないと。
「あの……隆之さん?」
「……疲れて帰ってきた旦那さまそっちのけで、男の写真に夢中だなんて、許せないな」
隆之がそんなことを言ってアルバムを取り上げる。そしてそのまま由梨を優しくソファの上に押し倒した。
「た、隆之さ……ん」
大きな腕に囲われて上からジッと見つめられると、写真はすべて隆之本人のものじゃないかという反論は、どこかへ溶けて消えてゆく。
もう頭の中は彼のことでいっぱいだ。
「由梨、今由梨が見るべきなのは誰?」
「……隆之さん……です」
隆之がにっこりと微笑んで、パジャマのボタンに手をかけた。