『政略結婚は純愛のように』番外編集
久しぶりに訪れた実家で由梨を迎えたのは、屋敷に勤めている見知らぬ家政婦だった。
叔父夫婦は留守にしているという。彼女に案内されて、由梨はかつての自分の部屋に足を踏み入れる。
机もベッドも片付けられてがらんとした部屋の中央にダンボール箱がポツンと置いてあった。
「あちらが由梨様の荷物だと聞いております。終わられたら、またお声がけください」
家政婦は事務的に言って部屋を出てゆく。
残された由梨は、ダンボール箱に歩み寄った。
生まれてから二十年余りを過ごした場所とは思えないほど少ない量に、思わずため息が出た。
中には卒業証書などの記念品と、隆之とは比べ物にならないほど少ない量のアルバム。しかもそのほとんどが父と母の結婚当初の物だった。
つくづく、隆之に付き添ってもらわなくてよかったと、由梨は思う。
実家での由梨の扱いは彼に知られているとはいえ、これを見られるのはつらかった。
これをそのまま、加賀家に送るのでさえ躊躇してしまうが、それは仕方がない。
自分のアルバムにもあれほど興味がなかった彼のことだ。由梨のアルバムを見たいなどとは言わないだろう。
由梨は浮かない気持ちで箱の中身を要るものと捨てるものにより分けてゆく。
整理自体はあっというまに終わった。
そして最後のひとつ、額に入った家族写真を手に取って、由梨はそのまま考え込む。
写真の中には父と母、そしてまだ小学生にもならない頃の由梨が笑顔で写っている。
家族としては一番幸せだった頃だ。
小さい由梨は、弾けるような笑顔を見せている。
その笑顔が少し前に加賀家で見た小さい隆之の笑顔と重なって、由梨の頭にアルバムを片付ける時に秋元と交わした会話が浮かんだ。
あまりに可愛らしい写真の隆之に、できることならタイムスリップして抱きしめに行きたいと言った由梨に、秋元はこう言ったのだ。
『由梨さんと旦那様にお子様ができたらきっともっと可愛らしいですよ』
その言葉に由梨は笑顔で頷きながら、複雑な思いを抱いたのだ。
なるほど、普通に考えたらそういう流れになるのだろう。結婚したその後は、子供が産まれて家族が増えてゆく。
ちょうど今由梨が手にしている家族写真のように。
でも由梨はその時までまったくそのことに考えが至っていなかった。
言われてはじめてその可能性に気がついたのだ。
そしてそれ自体が、自分自身の不完全さを表しているように思えて、由梨の胸に不安な思いが広がった。
そもそも由梨はこの家族写真の頃のことをもうあまり覚えてはいない。
家族を知らない自分が、こんな風に家族を築いてゆけるのだろうか。
隆之のそばで彼と一緒にいるだけで満足していた自分が……。
ひとりきりの部屋で由梨はそう自問していた。
叔父夫婦は留守にしているという。彼女に案内されて、由梨はかつての自分の部屋に足を踏み入れる。
机もベッドも片付けられてがらんとした部屋の中央にダンボール箱がポツンと置いてあった。
「あちらが由梨様の荷物だと聞いております。終わられたら、またお声がけください」
家政婦は事務的に言って部屋を出てゆく。
残された由梨は、ダンボール箱に歩み寄った。
生まれてから二十年余りを過ごした場所とは思えないほど少ない量に、思わずため息が出た。
中には卒業証書などの記念品と、隆之とは比べ物にならないほど少ない量のアルバム。しかもそのほとんどが父と母の結婚当初の物だった。
つくづく、隆之に付き添ってもらわなくてよかったと、由梨は思う。
実家での由梨の扱いは彼に知られているとはいえ、これを見られるのはつらかった。
これをそのまま、加賀家に送るのでさえ躊躇してしまうが、それは仕方がない。
自分のアルバムにもあれほど興味がなかった彼のことだ。由梨のアルバムを見たいなどとは言わないだろう。
由梨は浮かない気持ちで箱の中身を要るものと捨てるものにより分けてゆく。
整理自体はあっというまに終わった。
そして最後のひとつ、額に入った家族写真を手に取って、由梨はそのまま考え込む。
写真の中には父と母、そしてまだ小学生にもならない頃の由梨が笑顔で写っている。
家族としては一番幸せだった頃だ。
小さい由梨は、弾けるような笑顔を見せている。
その笑顔が少し前に加賀家で見た小さい隆之の笑顔と重なって、由梨の頭にアルバムを片付ける時に秋元と交わした会話が浮かんだ。
あまりに可愛らしい写真の隆之に、できることならタイムスリップして抱きしめに行きたいと言った由梨に、秋元はこう言ったのだ。
『由梨さんと旦那様にお子様ができたらきっともっと可愛らしいですよ』
その言葉に由梨は笑顔で頷きながら、複雑な思いを抱いたのだ。
なるほど、普通に考えたらそういう流れになるのだろう。結婚したその後は、子供が産まれて家族が増えてゆく。
ちょうど今由梨が手にしている家族写真のように。
でも由梨はその時までまったくそのことに考えが至っていなかった。
言われてはじめてその可能性に気がついたのだ。
そしてそれ自体が、自分自身の不完全さを表しているように思えて、由梨の胸に不安な思いが広がった。
そもそも由梨はこの家族写真の頃のことをもうあまり覚えてはいない。
家族を知らない自分が、こんな風に家族を築いてゆけるのだろうか。
隆之のそばで彼と一緒にいるだけで満足していた自分が……。
ひとりきりの部屋で由梨はそう自問していた。