追放聖女はスパダリ執事に、とことん甘やかされてます!
「本当にありがとう、レイ。だけど……今のわたしにはこんな大きなお屋敷を維持するだけのお金はないのよ? 
既に知っていると思うけど、わたしはカルロス様との婚約を破棄されてしまった上、二度と国に戻ることはできないの。今のわたしは聖女でも、侯爵家の娘でもない。ただの平民なのよ。
大体あなた、どうやってこんな立派なお屋敷を――――」

「お嬢様がお金の心配をする必要はございません。
それに、これから先どのようなことがあろうと、私にとってお嬢様は、掛け替えのない大切なお嬢様です」


 レイはきっぱりとそう言い放ち、ニコリと微笑む。それからヘレナをソファに座らせると、テーブルの上にティーセットを並べ始めた。


(一体いつの間に準備したのかしら?)


 ヘレナは目を丸くしつつ、程よく湯気の立ち上ったティーカップを見つめる。ふわりと果実の香りが漂う、美味しそうなフレーバーティーだった。カップを手に取ってみると、冷えた指先にじわりと温もりが広がり、それだけで旅の疲れを癒してくれる。ほぅと小さく息を吐きながら、ヘレナはお茶に口を付けた。


「――――――美味しい」


 そんな言葉が自然と口を吐いて出る。心と身体がほんのりと温かく、安らいでいく心地がした。強張っていた全身から力が抜けて、ゆっくりと弛緩していく。
 その時、ヘレナはふと、自分の頬が濡れていることに気が付いた。指先でそっと、生温かい液体を掬う。涙だった。目頭にも目尻にも、おまけにヘレナの心すら『泣いている』という感覚はない。けれどそれは、止め処なくポロポロと零れ落ちていった。


「あれ? ……おかしいな」


 言いながら、ヘレナは指先で自身の目尻を何度も拭った。涙はちっとも止まりそうにない。
 レイがヘレナにハンカチを差し出す。美しい刺繍の施された、可愛らしいハンカチだった。レイが使っている物とは考えづらいので、これもヘレナのために用意されたものなのだろう。


「ありがとう、レイ」


 彼の優しさがとても身に染みる。ヘレナはそう言って、レイがくれたハンカチに顔を埋めたのだった。
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