あの日の素直を追いかけて
第18話 手遅れにならなかった。それでいい。
由実が壁のスイッチを消して、カーテンを閉めた。
枕元の灯りをほのかにして、俺が座っているベッドの横に座る。
「昨日、気づいちゃったよね」
「今日の温泉、大丈夫だったか? ごめんな」
「うん、誰もいなかったから平気だったよ」
食事の時にはうまく隠していたし、平日で空いていることも幸いした。
「こんな身体になるまで……、もう頑張らなくてもいいんだぞ」
俺の思い出の中にあった当時の由実は、どちらかと言えば女性の柔らかくふっくらとしたイメージがそのまま当てはまるような、健康的な体格だった。
もしかすると、当時の彼女としてはそれがコンプレックスになっていたかもしれない。
俺の手元には1枚だけ当時のクラスみんなで写った写真が残っている。ぷっくりとした頬は逆に彼女のチャームポイントに俺には見えていた。
先日、空港での再会で由実を見落としてしまったのも、ここが変わってしまったことが大きい。
最初は、大人になって顔も引き締まったのかと思っていた。
「体重が急に落ちたのも、生理が来なくなっちゃった原因だろうって言われちゃった……」
「由実……、心配させんなよ。早く気づいてやれなかった俺も悪かった。ごめんな」
抱き寄せると、浴衣が肩からはだける。
鎖骨がはっきり見えていたことからも、それなりに痩せてしまったことを想像していたが、肩もすっかりやせ細ってしまっている。
胸元は元々の膨らみがあるので、それほど目立っていたわけではない。それでもこの年齢なら本来若々しく張りのあるはずの膨らみも当時より小さく感じるし、その下の肋骨がはっきりと指先で感じられる。
昨日の夜、初めて服の上からだったけど由実を抱いた。その時にそれまで何となくの違和感と感じていたものを現実として認識した。
「もう、これ以上は頑張れないよ……」
「頑張らなくていい。もう……、いいんだ。よく……頑張った」
強く抱けば折れてしまいそうな上体を抱きしめる。こわばってしまった身体で、辛うじて残った乳房の固めの弾力が痛々しかった。
「この胸には感謝してる。ブラのサイズがそれほど変わらなかったから、誤魔化しもきいてたんだけど、最近はそれも厳しくて……」
これまでは冬場だったから、厚手のものを着ていて周囲は分からなかったのだろう。でも、これからはどんどん薄着になっていく。嫌でも異変は気付かれてしまうだろう。
「由実……。こんなになるまで……。手遅れにならなくて良かった」
「ううん。私こそ突然押し掛けて、ここまでしてもらえるなんて、どうお礼を言えばいいの?」
「お礼なんか要らない。よく頑張った。もう大丈夫だぞ。ちゃんと栄養のあるもの食べてもらわなくちゃな」
両腕で彼女の体重を受け止めてやる。
ダイエットをすると、最初に胸が小さくなってしまうという話は、学生時代に女子が話していたのをよく聞いた。
その状況でもこれだけの大きさを維持できているなら、健康だった当時は男女ともに憧れの大きさはあったのかもしれないし、子供を授かれば母乳で育児もできるだけの用意を身体はしていたのだろう。
「祐樹君の手、温かくて気持ちいい」
次第に由実の声がかすれるようになってきた。鼻から抜ける呼吸が少しずつ荒くなってくる。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
それには言葉で答えることはなかった。恥ずかしそうに真っ赤になった顔。
潤んだ瞳で俺を見上げる。そこには抗議をする意志は感じられない。
「今の私じゃ祐樹君を心配させることしか出来ないと思う。でも、治したいって思うようになったよ」
「それなら良かった。今の由実でいい。存在を確かめさせてくれないか?」
「うん。消えないで良かった」
この短い言葉に、彼女の本音が詰まっているとはっきり感じた。