あの日の素直を追いかけて
第31話 あの頃を懐かしむ時間
俺の両手が荷物になってしまったので、彼女のあとを駐車場まで移動した。
「ごはんはまだだよね。お買い物をしてもいいかな」
車社会のアメリカで、それを使わないで生活することは都市部を除けば難しい。彼女も免許を持てる年にすぐに取ったそうだ。
「懐かしいなぁ」
スーパーに寄り、日本では大きすぎるカートに食材を入れていく。デリコーナーで好みの惣菜を詰めてボックスにしてもらう。
相変わらず一つのパッケージが日本よりけた違いに大きいので、選択を間違えると大変だ。
「でも、経験があるから一つ一つ説明しなくていいもんね」
ようやく暗くなってきた通りを住宅街に入っていく。
「まさか一戸建て?」
「ううん。アパートだよ。私一人だもん」
「この辺じゃ高いんだろう?」
「そうでもない。以前はモールが新しかったけど、だいぶ落ち着いちゃって、ヒッコリーは下がって来ちゃったよ。今はオークランドの方が混んでるかな」
俺がまだ住んでいた当時は、新しいモール街が出来たばかりで、高級住宅街という状況だったはず。ダウンタウンの方に新しいモールが出来たことで、リーズナブルなベッドタウンに変わって来たのだという。
日本ならば長屋形式というべきか。棟続きの集合住宅が見えてきた。自分の部屋の正面が駐車場。車での旅行者用モーテルを豪華にしたようなアパートだ。
扉を開けたすぐにリビングがあって、ダイニングキッチンとバスルーム、寝室が奥に並んでいる。
「靴はどうする?」
「あ、そうだよね。マットのところでいい?」
そう。日本の住宅に必ずある玄関の上がり框は存在しない。靴を脱ぐ習慣がこちらにはないからだ。
この部屋にはこれまでほとんど人を入れたことがないとのこと。
それにしてはスッキリと物が整理されている。それがこの部屋に入った第一印象だった。その原因が後にハッキリすることになる。
「まずは、ご飯食べちゃおうよ。祐樹君に会えたから、緊張が解けてお腹すいた」
「俺も」
聞けば、今日は朝から飲み物とサンドイッチを1パックだけだという。さっきのデリコーナで俺よりも旺盛にメニューを頼んでいたことも頷ける。
二人掛けのダイニングテーブルに買ってきた物を広げて夕食になった。
手抜きを詫びる由実だけど、今日も仕事だった彼女に多くを求める方が違っているし、飛行機の手配をしてくれただけでも感謝ものだ。
俺自身には久し振りのメニューご対面といったところもある。実生活でよく目にするメニューほど、日本の輸入食材店では手には入らないものだから。
シャワーだけの入浴を済ませる。日本のようにバスタブが深くないので、溜めてゆっくり浸かるものではないが、そんなのは十分に経験済みだ。
「本当にありがとうね」
「俺も、こんなに早くなるとは思ってなかった」
もともとは、盆休みを何日か前倒しして取る予定で、その日程も飛行機で仮予約してあった。
「由実は休んじゃって平気なのか?」
「うん。もう大丈夫だから。それに、今週と来週のお仕事は片づけてきたよ」
「そっか。急に決まって、ごめんな」
『もう』という部分に引っかかったが、今はそれよりも大事なことがある。
リビングのソファーに二人で座った。そもそも、部屋にはテーブルと二人掛けのソファー、テレビしかないのだから、そこに一緒に並んで座ることになる。
「由実……、元気そうでよかった」
「うん、頑張って食べたもん。祐樹君にあんな姿をもう見せちゃいけないって」
隣に座った雰囲気だけでもわかる。あの折れそうなほどに痩せ細った感触ではない。
ここ数日のことを軽く話したあと、突然由実は立ち上がり、テレビの音を下げて俺の前に正座した。
「由実?」
「祐樹君、お話があるの」
由実の真剣な視線に、俺はただ頷くことしか出来なかった。