あの日の素直を追いかけて
第33話 片方にだけ純潔を求めるのは不公平だ
そんな幕引きばかりを考えていた当時、会社の配置転換で大宮勤務になったときをチャンスとばかりに、俺は退路を絶った。
その町での一人暮らしは慣れていたし、新しい職場への通勤時間や距離も問題なかったけれど、住所も移して完全に清算することにした。
「結局さ、そこでSNSに登録して無謀な人捜しに戻っちゃったんだから。情けないんだよ俺は」
「ううん。当然だと思うよ。私だってそういう扱いされたら怒っちゃうと思う。そんなことも知らないで。ごめんね」
申しわけなさそうに、俯いた由実の頭をぽんと撫でてやる。
「違うんだ。由実と一緒に久しぶりに行って、手をつないで歩いていたら、由実とならって思えたんだ。だから、きっかけを作ってくれた由実には本当に感謝してるんだって。……なんか俺が話しちゃったな」
本当なら、由実の話を聞いてあげるべきなのに、すっかり俺の話になってしまった。
「ううん、祐樹君がちゃんと整理してきたんだって分かったから、嬉しかった。本当に私のことを考えてくれてるのに、私は……」
「もし、言って気が楽になるなら話してごらん。嫌だったらいい」
「でも、祐樹君に隠し事出来ないし、でも嫌われちゃったら……」
「そんなことかぁ。由実……」
髪の毛がくしゃくしゃになるほどかき回して、俺を見上げる唇をふさいだ。
「約束する。何があっても、俺は由実の味方だ」
「うん……」
ゴクリとつばを飲み込むのが分かった。
「祐樹君、あの時の出国の前の日、ホテルで抱いてくれたときのこと、覚えてる?」
「うん」
忘れるわけもない。初めてお互いの気持ちを行動でさらけ出し、翌日の別れを惜しんだ日のこと。
「祐樹君、私のことなにも聞かないでいてくれた。でも、祐樹君が思っているほど、私もうきれいじゃないんだよ……。汚れちゃってるところだらけなんだ……」
ぽつりぽつりと話し始めた由実。俺が帰国したのは日本での中3の秋。こちらでいえば9年生のスタートになる。
「祐樹君がいなくなっちゃって、寂しくて、本当につまらなかった。でも、少しずつだけど、忙しい毎日を理由に紛らわせているような自分もいたの。だんだん裏の私を作るようになっちゃったのもそのころかもしれないな……。キスとか身体の事も少しずつイメージし始めちゃったし……」
仕方のないことだと思う。男女関係なく、その頃は身体も成熟してくるし、異性や自分の性への興味も急に立ち上がってくる時期。
俺だって由実の姿を勝手に想像しては、何度性欲を処理したか数えきれたものでない。
「祐樹君はあれだけボロボロだった時も私を可愛いって誉めてくれた。でも、祐樹君は嫌じゃなかったのかなって……」
「だってさぁ、俺に元カノがいたんだ。由実にだけ絵に描いたような純情でいろって言えないよ」
俺は続けた。
もちろん初めて同士の男女で見初めて、最後まで、人生の終点まで一緒に歩んで行ければそんな理想はないけれど。少なくとも、長いこれからを一緒に歩んでいくパートナーには、その時までの過去を整理していてくれていればいい。
「高校生のとき、彼氏が一応出来たんだよ。シャイな人で、学校のダンスパーティーの時に、初めて誘ってくれたの」
日本の高校でこんなことはないだろう。学校の体育館をダンスパーティーの会場にしてしまうなど。
当然、そうなれば意中の相手を射止めるきっかけにもなる。
由実の場合も、そんな状態の中でのアタックだったらしい。
「その当時、私が元気ないのを知っていたから、声をかけてくれたって」
「うん。普通にあり得る話だよな」
その後はどこと言って普通の話だ。16歳の時にファーストキスをしたこと。一緒にボーリングをしたり、テニスをしたり、野球やバスケットボールの試合を観戦しに行ったり。
長期の休みには一緒にガソリンスタンドでアルバイトをしてみたり。
「そうだね……、身体の関係は、18になってからだね……。夜のドライブに出かけたときとか、車の中とか、ホテルも何回かあったよ」
当時の由実は、俺が知っている当時や、今よりももっとぷっくりしていたそうで、一番体重もあったそうだ。
「よく、胸とか触られてた。日本人でこっちで言えば華奢な人が多いのに、私は違う。アメリカ人みたいだって」
「ほめ言葉だな、それきっと」
「うん。悪気はなかったと思うよ。私のこと、本当に大事にしてくれた。でもどうしても、その先を許すことが出来なかった……。ひとつのベッドに入ったりもしたし、彼が私をほしがっていることも分かってた。でもね……、祐樹君なら信じてくれるかな……」
由実は縋るように俺を見上げていた……。