あの日の素直を追いかけて

第35話 あの当時は言えなかったもんな




「由実……。頑張ったな……。ありがとう」

 由実が俺に求めていたのは、想像以上に大きいものだったかもしれない。俺が昔の好きだった女の子との再会できると単純に喜んでいた頃、彼女は命をかけて会いに来てくれていたのだと。

「由実、一つだけ教えてほしい」

「うん」

「由実を治せるのは、俺しかいないのか?」

「うん。祐樹君に会ったあと、嘘みたいだった。食べられたし、体重も戻ってるし、生理も戻ってきたんだよ。お医者さんにも愛の力って凄いねって言われてる……」

「そうか、じゃぁこれで最後だ。俺は由実と一緒に生きていきたいって言ったの覚えてるか?」

 正直なところ聞くまでもない。由実がここまで頑張って来られたのは、彼女なりに生きる目的と喜びを見つけられたからだ。その理由に俺が関わっているとしても。

「私もね、このまま負けちゃいけないって。祐樹君と一緒に生きてくんだって、夢中だったよ」

 そうだ、一緒に生きていく。この数ヶ月の決意を由実に伝えなくてはならないが、ことある毎に考えてきたものの、うまい言葉が思いつかなかった。

「由実……顔を上げて、俺を見てくれないか?」

「はい?」

 必死にタオルで顔をこすってようやく顔を見る。真っ赤に充血はしているけれど、当時と同じ優しい視線は変わっていない。

 もう、あれこれ考えることが無駄なことに思えてきた。

「由実は、本当に頑張ってくれた。俺、本当に嬉しい」

「うん……」

「俺も、この先、ずっと由実と一番近くで生きていきたい。由実……、結婚してくれないか?」

「祐樹君……」

「ごめんな、もう少し気の利いたセリフにしたかったんだけど……」

「遅いよぉ……。ずっと待ってたんだから……。本当に、さっきのこんな私でいい?」

「俺もずっと考えた。俺も話したし由実の話も聞いた。結局、俺たちは同じじゃないか。だったら、10年前の直感を信じてみたいんだ。由実と一緒に生きていくっていう願望をね」

 あの当時はここまで言うことは許されなかった。

 結果的にそれがずっと引っかかっていたおかげで、互いの想いがキープされていた。それならば、初志貫徹として彼女とこの先の人生を歩いていきたい。

「祐樹君……。私ね、怖かった。やっぱり止めたって言われるかもしれないって。初恋は実らないってよく言われるし」

「そうだね。でも、信じていいんじゃないか。俺は由実を全力で愛したい」

「うん……。私も祐樹君を愛してます」

 真っ赤な俺と涙でぐちゃぐちゃになった由実。決してドラマのような格好良さもなく、スマートなシーンではなかったかもしれないけれど、俺たちの一生に1回の願いはこうして実を結んだ。



 深夜の寝室に移り、クイーンサイズのベッドに二人で入る。

「さすがにお布団はないから。狭くてごめんね」

「いいんだ。由実、誰にもとられなくてよかった。ご両親に挨拶行こうな」

「うん。絶対に大丈夫。私が祐樹君の事で他の人に動けなかったのを知ってるし。春の一時帰国の時だって行き先を告げても止められなかったでしょう?」

「そうだったね」

 今回の旅は、仕事という名目はあったけれど、由実への10年越しの想いを告げることが目的。

 普段はあまり時差ボケを起こさないけれど、仕事の追い込みと、由実に本当に受け取ってもらえるかのプレッシャーなどが重なって、休息を取れていなかった。

 一番の大仕事を終えたという緊張感の解放から、そのあとのことはあまり覚えていない。

 それでも、手を握ってくれた由実の「私を選んでくれて、ありがとう」という呟きと、少ししょっぱい唇の感触が、この日の最後の記憶だった。


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