あの日の素直を追いかけて
第38話 最後のドライブ旅行
「ごめんね、無茶な計画しちゃって」
「あはは、昔、よくこんな旅行したのを思い出したよ」
日曜の早朝、まだ陽が上がる前の時間、由実を助手席に乗せて、俺がハンドルを握る。
本当なら、これだけの距離となると飛行機で飛んでしまった方が合理的だ。
でも、この国の大きさを体験するには走るのが一番だとも俺たちは経験値で知っている。
全行程4日間、今日と最終日はまるまる移動日だ。
ぶっ通しで計算すれば10時間、それを途中で休憩をしながら走っていく計画。
I-24号線を東へ、ジョージア州に入る頃に夜が明けてきた。
隣を見ると、由実が小さな寝息を立てて目を瞑っていた。
春に日本に来たときに比べれば……。こんな体力勝負のプランをぶち上げるほどだ。体も回復しているのだろう。あの頃のような悲壮感はもう無い。
それでも、俺が来ることで、物理的にも精神的にも忙しく準備をしてくれていたのだろう。
途中で、由実を起こさないようにトイレ休憩だけを挟んで進めてしまうことにした。アトランタ市街の環状線を抜けるときはどうしたって由実の方が走り慣れている。
直線移動や、多少のジャンクションなら俺一人でもクリアできるし、もともと家族で全く同じコースを走っている。
「ごめん……、寝ちゃったよぉ」
「おはよ。疲れてたんだな。もうI-75でジョージア入ってるぞ
「えー、そんなところまで? 祐樹君どれだけ飛ばしてたの?」
休憩を入れて4時間ほど、これでも控え気味にしてきた方だ。
一度高速を降りて、給油と朝食をとることにする。インターステートは基本的に無料だから、こういう旅には本当にありがたい。
睡眠十分の由実に運転を代わってもらい、予定通りにゴチャゴチャしている環状線を抜けてもらう。
「本当はね、この辺に一緒に来ようかなって思ったんだ。でも、祐樹君この辺みんな来てるし。春に約束もしたから、いっそって思っちゃって」
「それでこれかぁ」
「ちょっと無茶だったかな」
「俺は、昔の家族旅行のおかげで、日本でどれだけ運転しても平気になっちまったぞ。いいじゃんか。当時はできなかった一緒の旅行してるって感じで、悪くないぞ」
途中、俺も仮眠を取りつつ、昼過ぎに給油と昼食休憩を取った。
「祐樹君、本当はいつ話そうか悩んでいたんだけどね」
「もう、俺らに隠し事もないだろ」
あれだけの互いに一番ダークな部分をさらけ出したのだ。今さら多少のことでは動じない自信もある。
「そっか……。実を言うとね、この旅行が私のアメリカで最後になるかなって」
「そっか」
薄々とは気づいていた。由実は日本に帰る準備を始めていると。
「もっと早く言え。それならなおさら楽しんで行こうぜ」
もっと怒られてしまうとでも思っていたのか。
「由実が真剣に気持ちを整理してるんだ。俺だってちゃんと準備してるぞ」
再び車に乗り込んで、道を南へ下る。
俺は部長から言われていた、『場合によっては駐在』という話を持ち出した。由実との生活を考えるなら、どうしても整理しておきたいことだから。
「ありがとう。でもね、私は帰るよ。旅行では来てもいいけど、私は日本で、祐樹君の側にいようって決めたんだ」
別れ際の成田空港で、次に会うまでに決めておくと言っていた答え。
予想はしていたけれど、彼女の清算だった。
その答えも今月になってようやく出したものだという。
体を取り戻すことに目途も立ち、医者や上司とも相談したそうだ。
自分の母国で、一番の理解者である伴侶と暮らすことが、今の彼女にとっては最高の薬ではないかと。特に僅か2ヶ月ほどでの驚くほどの回復の原因を知った主治医からは強く奨められたという。
「来月末には帰国するつもり。今は祐樹君のアパートの近くで出来るお仕事も探し始めたよ」
「参ったなぁ」
思わず苦笑する。
「もっと悩んでるのかと思ったよ。そうか、由実がそれだけ決心しているなら、俺は由実の力になる」
「うん。だからこの車とももうすぐお別れ」
そんなこともあって、こんな旅行を組んだのは彼女らしいと言えば納得してしまう。
「じゃぁ、帰りは少し寄り道をして行くか」
「優しいんだね」
「この走行距離で、これだけきれいに乗ってるんだ。自然と関係は分かるさ」
その後も二人で絶えない会話を続け、特にアクシデントもなく、夕方には目的地であるオーランドの宿に入った。