あの日の素直を追いかけて
第4話 お守りのクリスマスカード
「俺さ、帰って受験することにしたよ」
「決めたんだ?」
「やっぱり、理系希望すると帰国子女使わない方がいいってことになってさ。だからって難しくなるこっちの授業についていけるかってのも分からないし」
翌週の放課後、三者面談までの待ち時間に、俺は一番最初に由実にそれを伝えた。
「そっかぁ、でも凄いね。理系目指すんだ」
「佐藤は?」
「うん、私は冬までよく考えることにした。逆に私の場合はそっち使うことになるかもね」
高校でも国際科などを持つ学校などは、海外在留者を対象に特別枠を持っているところがあり、これを俗に帰国子女枠などと呼ぶ。もちろんその規定は各学校などによって異なり、在留期間なども考慮される。
この制度を利用する場合は、逆に早期の帰国はしない方がよいなど、個々の戦略も求められる。
「頑張ってね……」
「どこまでか分かんないけどさ」
それを決めてからは慌ただしく時間が過ぎていった。
父親は残りの期間を単身赴任という形で過ごすこと。俺たち家族は父方の実家に身を寄せることになること。
また転校の時期は中学3年の部活動が一段落をする秋口と言うことも決まった。
「なんか寂しくなっちゃうね」
夏休みも終わり、補習校での最後の日が来た。
この日、クラスのみんなで昼食を食べることにしていた。送迎の親には帰りの時間を伝えて、その時間までのちょっとした放課後タイム。
このような誰かが帰国する場合に行われる壮行会の位置付けだ。
「頑張って来いよ」
「また会おうな」
「そうだな」
日本国内での転居や転校というよりもそのレベルが違う。
いくら連絡先を交換したとしても、次に会えるかどうかは正直分からない。
「波江はどうなんだ?」
「えっ?」
「彼女とかちゃんと区切り付けたんか?」
思わず咳き込む。
「そんなのいないから」
「本当か?」
考えてみれば、こっちに来てから現地の娘とはそういった話にもならなかったっけ。
「じゃぁ、頑張って来いよ!」
みんなに見送られて、俺は3年間を過ごした地を離れた。
・・・
その後のことは正直覚えていないし、個人的にもあまり思い出したくもない。
帰国後に転入した中学では、当然のように受験体勢が待っており、友人を作るというような雰囲気はなかった。彼らの視点ではクラスに一人増えるのは、ライバルが一人増えてしまうこととしか考えられないわけで……。
そんな中、時々送られてくるメールがあった。由実だ。
自宅でメールが使えるようになったことと、あまり家族には見せられないものは、放課後に学校のアドレスを使って英文で送ってくれる。
英文だから、ぱっと画面を覗かれたとしても、翻訳までの時間が俺たちには要らない特技を生かした方法だった。
俺も彼女への返事だけは、受験勉強の合間を見つけて送信していた。
志望校も確定し、残り1ヶ月くらいになったとき、由実からクリスマスカードが届いた。
昔から毎年恒例となっていたもので、さり気ないメッセージを書いてくれる彼女の気遣いが分かる。
「受験頑張ってね」のメッセージと共に書かれていたのは、彼女が高校では帰国せず、このままハイスクールに進学を決めたとのこと。
大学受験はまだ分からないけどという内容だった。
俺も塾帰りにカードを選んで、彼女に送った。遠く離れてしまうけど、同じハイスクール生活頑張ろうねと。
受験の日、俺はそのカードを鞄に潜ませた。帰国した母国のはずなのに、一緒に受験する同じ学校のメンバーよりも、遠い空の下にいる彼女の方が近くにいてくれる気がしたから。
「もしもし? 佐藤?」
「はい、あ、波江くん? 受験合格できたんだね!」
合格発表の日、俺は早朝に国際電話をかけた。現地との時差が15時間。ほぼ昼夜逆転の生活だから、彼女に合わせるにはこれしかない。
「うん。昨日が発表日だった」
「なんだぁ、夜中でも電話してもらってよかったのに」
「ごめんごめん、佐藤も頑張ってな」
「うん。一時帰国するときは、ちゃんと遊んでよね」
「もちろん」
「あーあ、ちょっと後悔しちゃうかもなぁ」
「何が?」
「だって、高校でしょ? 優しい波江君だもん、いい娘現れちゃって、私のことなんかきっと忘れちゃうよ……きっと」
「佐藤のこと忘れねぇよ」
「もし……、ううん。いいや。そっちまだ夜中でしょ? 連絡ありがとうね」
「またな」
「うん、またね」
4月になって、俺は高校への入学。由実もその年の秋にハイスクールへの進級を無事に果たした。
その頃から、俺たちのやりとりはめっきり少なくなってしまった。
新しい生活や、俺自身も高校入学と同時に大学受験を意識しなければならない環境に置かれていたからだ。
そして、由実も俺もその後の引っ越しが続き、いつの間にか連絡は途絶えてしまい、復活することはなかった。