あの日の素直を追いかけて
第42話 私はもう婚約者なんだから!
「なぁ由実……」
「うん?」
いくつかのアトラクションをまわって、午前中の休憩をしているときだった。
「あのさ、俺、由実に渡せていないものがある」
「だって、祐樹君くれたよ?」
一昨日の夜のことを思い出したのか、少し赤くなって答えるところが可愛いのだけれど。
「ちゃんと、由実は予約済みだってほかの男にも分かるようにしておかなくちゃ」
今日も日本で渡した細いチェーンネックレスを今も付けてくれている。でも、婚約を交わしたのだから、その印は持たせてやりたい。
マップでそういう取扱いを探して、パークの中でも少し静かな一角のショップに入った。
特に、エンゲージリングとしての物でなくても構わないし、お互いにそれを気にする必要もない。
彼女はショーケースの中から、小さな石の入った、ピンクゴールドの指輪を選んだ。やはりリゾートパークの中というだけあり、デザインも可愛らしい。
「これ……いいかな?」
「もちろん。似合ってる。プレゼントさせてくれないか?」
サイズを調整してもらいながら、お店のキャストと話をする。それがエンゲージリングと分かって、その場は大いに盛り上がった。
箱には入れず、その場で由実の左の薬指にはめさせてもらったときには、店内に拍手までもらい、『お幸せに』と笑顔で送り出してくれた。
「さすがアメリカだなぁ、日本じゃこうはいかない」
こういうイベントを大事にするお国柄だし、何よりも嬉しそうな由実を見られれば、俺には十分だった。
「祐樹君……。一生大事にするね」
「結婚指輪は、ちゃんと別にするから」
「これも素敵。ちゃんと対になっている物もあるってさっき教えてくれたね」
「その時までに、貯金しておくさ」
昼食を食べて、昼のパレードをどこで見ようかと歩いているときだった。
「ユミ!」
突然、横から声をかけられる。
「マイケル……」
驚いた由実の顔が、次第にこわばっていく。
「どうした?」
「この人、前の……」
そういうことか。学校の卒業と同時にけじめを付けてきた由実の元交際相手。
こんな所での突然の再会に、どう反応して良いかわからないが、そこはお互い様だ。
「元気にしてた?」
「ユミに会えて嬉しいよ。ユミはまだひとりなのか? それとも?」
マイケル氏は隣の俺を見て言葉を切った。
「紹介するわ。私の婚約者のユウキ君よ。それに、来月には日本に戻って結婚するわ」
買ったばかりの指輪だけど、話の信憑性を高めるには十分だった。
「そうか。僕も今、婚約者と旅行中だ。お互い幸せになろうな」
「ええ。今、私とっても幸せよ」
由実の笑顔で、事実だと分かったのだろう。それは流石に彼女の元恋人という人物のようだ。
「ユウキ、ユミをお願いしたいんだが」
「もちろんだ」
「ユミは、一番大切なものをユウキに渡したか?」
一瞬、何のことだろうと思ったが、彼に手にしていなくて俺がもらったもの……。そうか、彼は手にしていなかったのだ。由実が最後までたった一人のために守り抜いたもの。俺はそれを由実から受け取った。
「もらったよ」
納得した彼は、俺に握手を求めた。
「ユミを頼む。幸せにしてあげてくれ」
「任せとけ」
彼が見えなくなったあと、由実は俺の手をギュッと握った。
「ごめんね」
「怖かったか?」
「祐樹君がいたから、大丈夫だったよ。この指輪、凄いよ。勇気がどんどん湧いてくるの。祐樹君が一緒にいてくれる。凄いよ」
本当は緊張で動けなくなってしまったに違いない。
それでも、彼女は自分に伴侶が出来たことをしっかりと伝えていた。
「偉かったぞ、それこそ大きな成長じゃないか」
いつものように、髪の毛をくしゃくしゃにしてやった。
「祐樹君、私ってもう婚約者なんだからね。ちゃんと責任とってよね?」
少し拗ねたような上目遣い。これを守っていくのが俺のこれからの仕事だ。
「俺は由実しか見られない。どこにも行かないでくれ」
「一生、ついて行きます」
それからの時間、俺たちはこれからの夢を話し合った。
子供が欲しいこととか。みんなで一緒に暮らせる家がほしいとか。いつも一緒に笑いながら暮らしていきたいと。
特別なことではない。そんな一つ一つの積み重ねが、俺の夢でもある。そこにいてくれるのが由実であるなら、こんな嬉しいことはない。
「祐樹君……、私に夢をくれたよ。半年前の私には想像もできなかった」
「俺もだ。ありがとう由実」
花火を見ながらのキス。俺たちの「10年越しの初デート」はこうして幕を閉じた。