あの日の素直を追いかけて
第5話 忘れたことのない名前
仕事先から直帰して部屋の明かりを点ける。
社会人となって3年目。25歳にもなると、一人暮らしの生活にもすっかり慣れた。
最初は親元から通勤もしていたのだけど、部署の異動に伴った転勤を受けて、埼玉県の小さな街に引っ越した。
都内で同じ値段で借りられるのが1ルームなのに、このあたりではもう一つ二つ普通に部屋がついて、運が良ければ新築で入ることも可能だ。
同期や友人の中には都内に住むことにステータスを感じるのもいるけれど、俺にとっては夜に静かになって星空も見えるこのくらいの場所の方が何となく落ち着く。
帰りのスーパーで買ってきた惣菜と、冷凍庫に入れてあったご飯を電子レンジにかけ、風呂の給湯スイッチを入れて、あとは待つだけだ。
テーブルの上のパソコンも立ち上げる。
インターネットさえ繋がってしまえば、便利な時代になったものだ。
食事をしながら、普段から情報を見ているサイトを回っていく。
そんないつもと変わらない夜の時間を過ごしていたときだった。
「えっ……?」
学生時代の友人等と連絡を付けたりするためのSNSに俺は釘付けになってしまった。
「佐藤……」
コンピューターが自動で過去のアクセスやらプロフィールなどを照らし合わせて、知り合いではないかと問いかけてくる機能。
最初から特定のメンバーを目的に参加している俺にとっては普段は邪魔なものでしかない。
そこに並んでいる文字列は、10年前に手紙を交換しつつも、いつの間にか時代に流されてしまった、彼女の名前だった。
でも、「佐藤」と「由実」の組み合わせなら、同姓同名がいたって不思議なことではない。
吸い寄せられるように、公開されているプロフィールも見てみることにした。
しかし、俺にとって細かく読み進めるまでもなかった。
仮に……、偶然というものがあるとして、年齢や誕生日が同じということがあったとしても、決定的なものがあった。
出身校の欄。俺の履歴書には帰国して卒業した中学の名前しか書かれない。海外在留者の場合も、基本は現地の学校名を書く。
彼女の場合、そこにあの補習校の名前が追記してあった。
わずか十数人の同級生の中に同じ名前は知らない。
間違いなく、あの電話以降音信不通になってしまい、気持ちを伝えられずに中途半端になってしまった、彼女で間違いない。
一方で、こんな時にどうしたものかと思う。常に顔を合わせていたり、連絡が途切れてしまっても数年以内なら、「ひさしぶり」とコンタクトを取ってみるのもありだと思う。
しかし、俺たち二人の関係から考えたときに、どうなのだろうと……。
それでも、そのまま画面を開きっぱなしにして入浴を済ませた頃には、一つの決断をした。
今日は金曜日だ。明日からの週末には特に予定もない。夜更かしも気兼ねなくできるのが一人暮らしのいいところだ。
メッセージ作成画面に移行して、挨拶文を打ち込んでいく。元々がダメもとだ。
「もし、よかったら久しぶりに会わないか?」
ここに落ち着くまで葛藤もあった。もしかすると既に家庭を持っているかもしれない。
そこに昔の同級生であっても男性からメッセージが送られてくることでトラブルの原因になってしまうかもしれない。
最終ログインから半年近く経っていることも気になる。もしかすると無駄な行動になるかもしれない。
もうそれは百も承知にした。あれこれ考えて何もせずに、後になって後悔することはこれまでに何度もしてきたから。
その夜、日が変わる頃に最後の送信ボタンをクリックした。