課長に恋してます!
「何です?」
こっちを見たままの一瀬君が聞いてくる。
微かに揺れた気持ちを誤魔化すように、手酌で飲んだ。
「何でもない」
ほんの冗談のつもりで言おうとした言葉に動揺しているとは、とても口に出せない。
「何です?」
「だから、何でもない」
「隠されると気になります。でもね、僕だっての後は何です?」
「さあ、なんだったかな」
「今度は忘れたふりですか?」
「本当に忘れたんです。若い君と違って言ったそばから忘れるんです。君も46才になればわかりますよ」
「そうですか」
ふてくされたように言い捨て、彼女はカウンターに突っ伏した。
一体何してるんだろう。27才の女の子を相手に。
そう思うが、帰る気にはならなかった。
結婚前の娘と最後の親子の時間を過ごすような気持ちでいたから、この時間が終わるのがもったいなかった。
「一瀬君、お茶もらいましょうか」
突っ伏したままの一瀬君を見ると、頷くように少しだけ頭を動かした。
お茶を二つ、カウンター越しのマスターに注文した。マスターは僕と同世代ぐらいだ。紺色の割烹着が渋く決まっていて、気さくな人だ。
一瀬君の様子を伺いながら、マスターと長野の話を少しだけした。
「お連れさん、大丈夫?」
カウンター越しにお茶を差し出しながら、マスターが言った。
「大丈夫ですよ。いつもの事です」と答えた時、一瀬君との仲が、急に親しいもののように感じられた。
例えば、一瀬君と同じ年だったら、僕たちは今どういう関係でいるんだろう、なんて。
この後、居酒屋を出た後も一緒にいる関係なんだろうか。
朝まで一緒にいる関係なんだろうか。
酔ってるな。こんな事を思うなんて。自分の想像に飽きれる。