課長に恋してます!

22 葵とゆり子【上村課長】

 ホワイトデーの夜、葵が入院したと連絡をもらった。
 連絡をくれたのは葵の結婚相手の、直樹くんだ。

 次の日、朝一の新幹線で長野に向かった。
 葵の事が心配で堪らなかった。
 
 ゆり子が亡くなった時、葵はまだ5才になったばかりだった。
 ゆり子の亡骸にしがみつく葵を抱きしめながら、この子を絶対に幸せにすると誓った。
 
 赤ちゃんだった真一と、葵を抱えて、毎日が戦争みたいだった。
 だけど、そのおかげでゆり子を亡くした悲しみに浸ってる暇などなかった。

 全力で子育てをした。
 お弁当も作ったし、慣れない裁縫もした。
 できるだけ学校行事には出たし、毎日、宿題も見た。

 葵のピアノ発表会だって衣装をそろえる所からした。
 葵がピアノの先生になりたいと言ってくれた時はゆり子と同じ道を選んでくれて嬉しかった。

 だから、音大を受験する時はできる限りのサポートをした。
 合格発表を一緒に見に行った事がまだ昨日の事のように思い出せる。
 
 葵から先生の仕事が決まったと聞いた時も、目頭が熱くなった。
 音大を卒業して、葵は希望通り、地元の小学校で音楽の先生になった。
 初任給で葵が買ってくれた腕時計は今も身に着けている。

 そして中学の同級生だった直樹くんと結婚すると、嬉しそうに報告してくれた日も忘れられない。
 
 結婚式では僕の為にドビュッシーの『月の光』を弾いてくれた。
 父親として寂しかったが、幸せそうな葵を見て役目が終わった気がした。
 後は直樹くんと幸せな家庭を築いてくれればいい。

 手が離れたと思っていたのに、葵の身に何かあると聞いたら、心が張り裂けそうになった。

 母体もお腹の子も一時はかなり危険な目に遭ったと聞いた。
 昨夜は心配で一睡も出来なかった。
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