課長に恋してます!
「という事は恋人に見えるんですか?」    

 なぜか嬉しそうに一瀬君は表情を崩した。

「マスター、冗談やめて下さい。僕たちは」と言いかけて、どんな関係なのか一瞬、わからなくなる。

「幸一さん、いいじゃない。訳ありカップルで。何だか面白い」  

 初めて名前で呼ばれた。
 幸一さん、なんて呼ばれたのは久しぶりだ。

「一瀬君、面白がり過ぎです。こんな所、会社の連中に見られたら困ります」    

 自分の発言に今さらだと思う。一瀬君に手を握られ、肩に頭を乗せられ、頭を撫でた。上司と部下という関係を越えた触れあいを、今夜はしている。

「別に困りませんよ。後ろめたい事なんて、何もありませんから」
「僕は困る」
「じゃあ、突き放せばいいでしょ」  

 肩に頭を乗せたまま、一瀬君が睨んでくる。このままでいたい、という気持ちを見透かされてる気がした。けれど、ずっとこうしてる訳にはいかない。客の目がある。テーブル席にも、カウンターにも客はいた。きっと、僕たちの様子を不愉快に思っている客もいる。

「わかった」  

 肩の上の一瀬君の頭を外すと、一瀬君はふてくされたように、頬杖をつく。

「そろそろ、帰ろう。終電がなくなります」  

 もうすぐ、午前零時。  
 三時間店にいたが、あっという間だった。

「タクシーで送ってくれないの?女の子の一人歩きは危険ですよ」
 
 アルコールで白い頬をピンクに染めた一瀬君が上目遣いで見つめてくる。
 そんな可愛らしい顔をされては突き放せない。

「仕方ないですね」  

 ため息をつくと、目が合ったマスターが、タクシーを呼んでくれた。
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