課長に恋してます!
 居酒屋の後、一瀬君をマンションまで送った。タクシーから降りると、一瀬君が小さな声で、 「フラれちゃった」と、口にした。

「え?」  

 何の事かわからず聞き返した。

「結婚はなくなりました。別れたんです」    

 まるで業務報告でもするように、一瀬君は答えた。

「私がいけないんですけどね。私が自分の気持ちを誤魔化そうとしたから」

 寂しそうに一瀬君が笑った。    

 ようやく今夜の事が腑に落ちた。
 一瀬君は失恋の痛手を抱えて誰かに甘えたかったのだ。若い男じゃなく、年上の男に。    

「課長、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「また二人だけで飲んでくれますか?」
 
 “もちろん”

 喉の奥まで出かかった言葉を引っ込めた。
 19も年上の自分が相応しくない気がして。

「僕なんかよりも若い人と飲んだ方がいい。今度、紹介しよう。君と同じ年の、有能な男を」

 一瀬君がくしゃっと美しい眉をハの字にして泣きそうな顔をする。

 どうしてそんな顔をするのかわからない。

「いえ。いいです。おやすみなさい」

 一瀬君が怒ったようにタクシーから離れた。

 走り出したタクシーから見た、一瀬君は俯いていて不安気に見えた。
 タクシーを停めて、一瀬君の所に駆け出したいような衝動に駆られた。

 しかし、自分はそうするのに相応しくないのだ。
 年を取り過ぎてる。
 娘とそう年の変わらない女性にそんな気持ちを抱いてはいけない。
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