課長に恋してます!
 その日は定時を過ぎても帰れなかった。
 
 見積書の修正作業が思いのほか大変だった。何人かの人に手伝おうかと声をかけてもらったけど、大丈夫だと言って帰ってもらった。
 自分のミスは自分でしっかり修正したい。

 午後九時。
 気づけば一人でオフィスにいた。

「疲れたー」
 
 最後の項目を埋めて、両手を上にあげて伸ばす。背中に疲労がたまっている。
 ずっとディスプレイを見ていたから目もチカチカする。

 親指と人差し指で目と目の間をつまんで軽くほぐしながら、お腹と背中がくっつきそうなぐらい、お腹が空いたなぁと感じる。ご飯系のものがガッツリ食べたい。牛丼でも食べて帰ろうか。

「お疲れ様」

 背後から声がした。
 えっと首を後ろに向けると出入口の辺りにコート姿の上村課長が立っている。

「課長……」
「夕飯まだでしょ?」と聞きながら、茶色の紙袋を持った課長がこちらに来る。
「……はい」

 なんで課長、ここに? 帰ったんじゃないの?

「弁当を持って来たんだ」

 課長が私の机の上に紙袋を置いた。
 コートから外の気配を感じる匂いがする。
 
 もしかして、今、会社に来た所?

 そんな事を思いなから紙袋の中を見ると、ピンク色の楕円形のお弁当箱が入っていた。
 もしや手作り?

「課長、作ってくれたんですか?」
「その、きんぴらごぼうを作り過ぎてね」

 人差し指で頬をかきながら、課長が口の端をあげて、照れたような笑みを浮かべる。
 仕事中の時とは違う、柔らかみのある表情に胸がキュンとした。

 なんか、課長が可愛い……。
 
 出会った時はあまり表情もなく、怖そうだと思っていたのに、今は課長にキュンキュンする。
 恋をしているからなのかな。

「さっき作ったばかりだよ」
「まさか、一度家に帰ってから、また来てくれたんですか?」
「他の用事もあったからね。ついでだ」

 ついででも、嬉しい。

「ありがとうございます」
「じゃあ、行くよ」

 お弁当を置いて、課長が帰ろうとする。

「帰っちゃうんですか?」
 離れがたくて、つい引き留めるような言葉が出てしまう。

「うん。用事は済んだから」
「じゃあ、私も」
「弁当は食べていかないの?」
「家で食べます。早く帰ってゆっくりしたいんです」
「それもそうか」

 課長があははと笑う。その笑い声に癒される。
 なんかご褒美をもらった気分。お仕事頑張って良かった。

「一緒に帰ろうか」
「はい」

 ルンルン気分で課長と一緒にオフィスを出た。
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