課長に恋してます!
 肩を支えてくれていた課長の手が逃げるように離れ、課長から唇を放した。
 課長は嫌悪するような表情を浮かべていた。
 
 血の気が引いてく。
 
 課長に嫌われたくない。何か、何か言わなくちゃ。

「あの……」

 言葉を遮るように課長の呆れたような笑い声がした。

「こんなオッサンにキスして酔いが醒めた?」

 冗談めかしているけど、課長の声は冷たかった。
 課長は怒ってるのかもしれない。
 無礼なやつだって思われたかもしれない。

「す、すみませんでした。あの、酔ってるみたいです。本当に、本当にすみませんでした」

 なかった事にしたい。お酒のせいにすれば課長に嫌われなくて済む。

「あの、何て言ったらいいか、その……」

「着いたよ」

 エレベーターが5階に到着した。

「ここまでで、大丈夫だね?」

 開閉ボタンを押したまま、課長が言った。早くエレベーターから降りろと言うみたいに。これ以上一緒にいるのは迷惑だと言っている気がして、胸が締め付けられた。

「すみません」

 慌てて、エレベーターから降りると、すぐにドアは閉まった。ドアが閉じる直前に見た課長の顔に、いつもの穏やかな笑みはなかった。

 終わった。
 
 嫌われた。

 拒絶された。
 
 誕生日に。

 1DKの部屋にたどり着くと、気が抜けたように玄関で座り込んだ。悲しくて涙がどっと溢れ出た。課長に嫌われた。頭の中にはそれしかなかった。
 
 30才の誕生日は、人生で一番、最低だった。
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