課長に恋してます!
 課長と北口を出て、耳がキーンとする冷たい夜風を受けながら、駅前の賑やかな通りを歩いた。
 
 「昨日と反対だ」と呟いた、課長の言葉に胸が締め付けられた。
 課長のマンション前まで行って、思い切りフラれたのは昨夜。
 失恋の傷が生々しくて上手く笑えなくなる。もしかして、課長は私を牽制する為に昨夜の事を口にしたの? なんて事を考えていると、課長が瞳を細めて、「こっちは遅い時間でも明るいんだね」と口にした。

 二十四時間営業のスーパー、ファミレス、居酒屋が並び、食べ物の匂いを漂わせながら、それぞれの店の灯りが煌々と夜道を照らしている。

「これだけ明るい所を歩くのなら安心だね」

 課長が私に視線を向ける。目尻を下げた表情が優しい。
 娘の心配をするお父さんみたい。そう言えば、課長の娘さんはそんなに私と年が変わらなかった。

「そうですね。暗い夜道を歩く訳じゃないので」 
「一瀬君が言っていた消防署だね」

 消防署の前を通りかかると課長が言った。
 私の話を覚えていてくれたんだ。なんか嬉しい。

「もうすぐ家です」

 消防署から5分もかからずに、マンションに辿り着く。
 単身者用の7階建ての白いマンションで、築年数は9年。建物はまだ綺麗だ。

 飲み会の帰りに課長に何度も送り届けてもらった。
 多分、今日が最後。

「タクシーで来るのとは少し印象が違うね」

 課長が微笑んだ。
 目じりに浮かぶ笑い皺を見て、課長が好きだなって思う。
 断られても、そう簡単に気持ちは変えられない。ずっと好きだったんだもの。

「どうぞ、こちらです」

 課長とエレベーターで5階まで上って、降りる。

 私の後に続く、コツコツと響く課長の靴音に頬が緩む。
 ここまで来てくれた事が嬉しい。

 でも、課長を家にあげて大丈夫なレベルだったかな?
 昨夜は課長にフラれたショックで動けず、何もしていない。
 今朝出た部屋の様子が思い出せない。

 洗濯物とか散らばっていないといいけど。

「あの、散らかってますけど」
 
 お客様用のグレーのスリッパを課長の前にお出しして、部屋に上がってもらった。
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