課長に恋してます!
 石上に連れて来られたのは新橋の居酒屋だった。
 課長の送別会をした店で、何度か石上に連れられて来た事がある。

 寡黙な店主が作る焼き鳥の美味しいお店で、癒し系美人が出迎えてくれる。その癒し系美人は店主の娘のかなえさんで、彼女目当てで通うサラリーマンがけっこう多いらしい。
 石上もかなえさん目当てだったけど、昨年、かなえさんは結婚したようで、石上がかなり悔しがっていた。

 今夜はかなえさんの姿はなく、大学生ぐらいの男の子が忙しそうに動き回っていた。
 カウンター席に石上、私、間宮の順で座り、香ばしい焼き鳥の匂いがする店内を軽く見るけど……上村課長はいない。

 肺の奥から深いため息が出た。
 もしかしてと期待していたけど、そんな都合のいい事ある訳ない。

 課長は香港だ。

「おやじさん、いつもの」

 石上が注文して、すぐにビールが出て来た。
 「とりあえず乾杯」と機嫌のいい声で言って、石上がビールジョッキを掲げる。

 乾杯するような気分じゃないんだけどな。

「一瀬、ほら、乾杯」
石上が強引にジョッキを合わせて来たので、仕方なく低い声で「乾杯」と応えてあげた。

 間宮はすぐに帰りますからね、彼氏と約束があるんです、と言いながら酒が入ると調子よく話し出した。
 主に、今付き合ってる彼氏の話で、なんと大学生らしい。

「お前、学生と付き合ってんのかよ」

 石上が切れ長の瞼の奥にある目を丸くする。
 うふっと間宮が薔薇色の唇を上げて、可愛らしい笑みを浮かべた。

 幸せそうでいいな。

「トモくんは大学生だけど社長さんなんですよ。大学の友だちと会社を立ち上げて頑張ってるんですから」
「ふーん、ベンチャーの社長か。ご立派な事で」

 石上がカウンターに頬杖をついて、トーンを下げた声で言った。
 あまり間宮の彼氏の話に興味がないのか、石上の顔につまらないと書いてあるようで、ちょっと面白い。

「あ、トモくんから電話。ちょっと失礼します」

 間宮が席を立った。

 石上に課長の事を聞くのは今だ。

「ねえ、さっきの課長に頼まれたってどういう意味?」
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