課長に恋してます!
 ショッピングモールから出て、中環駅に行った。
 人でごった返している中、コインロッカーのある所まで行った。
 ロッカーの使用中の文字にほっとする。

 一瀬君はまだ中環を出ていない。
 ここで待っていれば会えるだろう。
 飛行機が23:40発だから、21時ぐらいには来るはずだ。

 腕時計を見ると、20時になった所だった。
 携帯電話の番号を聞いておけば良かった。
 日本にいた時から知らない。
 やり取りは社内メールか、直接話して済ませていた。

 思えば、個人的に親しくなる事を避けていたのかもしれない。
 あの三年前の、二人で行った居酒屋の夜から。

 いや、もっと前だ……。

 仕事で紡績メーカー主催のパーティーに一瀬君と2人だけで行った事がある。
 横浜の洋館で行われたパーティーには美しく着飾った女性が多かったが、赤いドレス姿の一瀬君は一際、輝いていた。

 二人きりで過ごしたバルコニーで一瀬君の手の甲にキスをした。
 あの時から、一瀬君に気持ちが傾いているのを気づかないふりをして、毎日をやり過ごしていた。

 僕のようなおじさんが上司としての立場を越えた感情を持っていいか、自信がもてなかった。

 ――好きです。課長に恋してます

 一瀬君に告白されて、くすぶっていた気持ちに火がつきそうで怖かった。

 だから、香港行きを決めた。
 距離を取れば気持ちも静まると思った。
 一瀬君を忘れようと思った。

 なのに、コインロッカーの前で待っている。
 距離を取らなければいけないのに。
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