課長に恋してます!
 仕事の後、石上君を夕食に誘った。
 石上君が上海ガニが食べたいと言ったので、滞在しているホテルのすぐ近くにある、中華料理店に入った。

 観光客向けの店で、日本語のメニューもあった。
 円卓に石上君とエル字型になる位置で座り、上海ガニのコースを頼んだ。

 最初は仕事の話をした。
 今日の紡績工場での視察についてや、中国の紡績業界について、石上君に質問攻めにされた。
 メモを取りながら、熱心に聞いてくる石上君の様子に若さを感じる。
 石上君はエネルギーに満ち溢れているように見える。石上君の若さが眩しい。僕にもそれぐらいの若さがあったら……。

「さすが上村課長、勉強になります。ありがとうございました」
「いや。僕の理解は大雑把だから。上海の工場についてもっと知りたかったら詳しい人を紹介するよ」
「ありがとうございます」
 石上君が深々と頭を下げてから、僕のグラスに青島(ちんたお)ビールを注いでくれた。
 それから、ビールを飲みながら、上海ガニや小籠包をつまむ。

 日本での事を聞くと、僕の後任で入った課長が40代の感じのいい人だとか、間宮くんの彼氏が大学生だとか、香川専務の付き合いでゴルフに行ったとか、そんな話を聞いた。

 一瀬君の事が聞きたかった。
 石上君に悪気はないと思うが、彼女の名前が出て来ない事が意地悪をされているみたいだ。

「課長、どうかされました?」

 焦れる気持ちで石上君を見ていたら目が合った。

「いや、その、香川専務。ゴルフのスコア100切った?」
「うーん」

 石上くんが考えるように唸った。

「確か102ぐらいでしたね、まあ上手いですよね」
「調子がいいと90はいくらしいよ」
「へえー、そうなんですかー」

 話したいのは香川専務の事ではないのに。
 喉の奥まで出て来てるのに、どうして一瀬君の名前が言えないのだろう。
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