身代わり花嫁として嫁ぎましたが、どうやら旦那様も身代わりのようです？

第8話 厨房に潜む影

「本当に行くんですか……？」
「ええ、行くわ。ただ一人で部屋にいたって暇だもの。働きたいの。まずは厨房から攻略よ」

　結婚式から一週間。
　この日、朝食を終えた私は、ネリーと共に厨房に向かった。

　旦那様とは結婚式の翌日に屋敷の中で迷った時にバッタリ出くわして以降、一度も顔を合わせていない。私の寝室の横に旦那様の寝室があるようで、扉一枚で繋がっている。
　でも、隣室からは人のいる気配はまったくしない。

　どこか浮気相手さんのお宅に滞在中なのかしら。

　完全に存在を無視されているけれど、今までヴァレリー伯爵家でも同じようなものだった。今更そんなことで傷つかない。むしろここにいれば、お母様に対する悪口を聞くようなこともないだけ幸せだ。

　部屋や窓の鍵をチェックしなくても、隙間風に凍えなくてもいい。いつの間にか洋服がズタズタに切り裂かれていることもなければ、買い出しに行っている間にソフィに雇われた破落戸たちに絡まれることもない。私の菫色の髪を目にするたびに冷たい言葉を仰るお父様とも会うことがない。

　旦那様から「離婚して欲しい」と言われるならば受け入れようと思ったり、旦那様に愛されなくてもいいからここで暮らしたいと思ったり。この一週間、私の気持ちは揺れている。旦那様と家族になれたらもっと良かったけれど、それは期待できなさそうだから。

　ああ、モヤモヤする時は動くに限る！

　王都にいた時のように、使用人の皆さんと一緒に仲良く働けたら……そう思って厨房に向かった。