失われた断片・グラスとリチャード
「あそこを使え。2・3日様子を見る。
仕事ができなかったら首だ」

「はい、わかりました」
それは・・
ずっとうつむいたままだった。

正面玄関に、黒塗りの馬車がついた。
「旦那様、お向かえに参りました」
御者が声をかけた。

これから、バカ騒ぎの空っぽな、
消耗品の夜が始まる。
酒、嬌声とフェイク、駆け引きの世界・・・・

「お前はここで待っていろ」

リチャードはそう言うと、
足を引きずりながら、居間に戻った。

チェストの引き出しから、鍵の束を取り出して、玄関に戻った。

「手を出せ」
リチャードの命令に、
それは、小さな手を差し出した。

すりきれた袖口から、細い指先がのぞいた。
そして、落とすように鍵束が、
その手に渡された。

「門番小屋の鍵が、その中にある。
台所の食料品庫の鍵もある。
適当に探して使え」

そう言って、歩きかけたが、
何かを思いついたように、振り向いて、大声を出した。
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