失われた断片・グラスとリチャード
使用人の仕事
匂いがする。
パンの焼く匂いだ
時計を見ると、午後3時過ぎだった。
いつもより良く眠れたのか。
リチャードは、布団の中でゆっくりと伸びをした。
ここは平和だ・・
そんな思いが、こみ上げてくる。
不思議な感覚だ。
リチャードは、寝間着の上にガウンを羽織り、杖をついて、
ゆっくりと寝室から出て行った。
パンの焼く匂いが、廊下にも満ちている。
食堂には、すでにカトラリーやカップ、ナプキンがセットされていた。
「おはようございます。旦那様」
グラスが、台所の扉を開けて、
頭を下げた。
「ああ、パンを焼いたのか」
その、リチャードの指摘に
すぐにグラスが、反応した。
「はい・・あの、パンがない・・
いけなかったでしょうか・・?」
初めて・・
感情が声に乗った。
戸惑い?
それとも、焦り?
麦わら色の頭が垂れて、
主(あるじ)の次の言葉を、待っていた。
灰色のエプロンは、小麦粉の粉で汚れて、小さな拳が、握りしめられている。