失われた断片・グラスとリチャード
「お前は・・男が嫌いで・・
と、聞いたが、
私が主人なのは、どう思っているのか?」

グラスはより体をすくめ、言いにくそうに
「旦那様は・・
女を相手にしないと、聞きました。
それに・・」

グラスは、杖をチラッと見た。

「そうだな、この足だから、
お前の方が逃げるのは早い」

リチャードは、ふっと笑った。

「あの・・でも・・
旦那様は・・お優しいと思います」

グラスは、はっきりと
リチャードの目を見て言ったが、
また、余計な事を言ってしまったと思ったのか、うつむいた。

リチャードは、黙ったまま、
馬車の窓枠に肘をつき、外を眺めた。

<優しい>という感情は、
とっくにすりきれて、
ぼろぼろになっていると思っていた。

死の縁を、さまよった体験をもつ、この娘に言われるのは、複雑な気分だった。

馬車は、街に入った。
でこぼこの石畳の振動が、体に伝わる。

「おい、バーンズの店に、先に行ってくれ」

リチャードは馬車の窓から、
御者に声をかけた。

「へい、わかりました」
馬車は、道を曲がった。
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