失われた断片・グラスとリチャード
女主人は、グラスの事を、便宜上、使用人と言ったが、
リチャードの店に出る娘、
または、知り合いの愛人で、
まだ、秘密の関係だと判断したのだ。

気をきかせたつもりに、なっている。
リチャードは、説明するのも、
面倒くさいし、
また、時間を取られるのも嫌だった。

「わかった、それでいい。
屋敷の方に届けてくれ」

もうこれで終わりだ、というように、杖をコンと、床に打ち付けた。

「馬車を呼んでくれ、
私は、ガーデンホテルに行かねばならない」

「あの、旦那様・・・」

グラスが立ち上がり、困ったように声をかけた。
リチャードは、肩をすくめた。

「お前も来るんだ。
この姿では、荷馬車には乗れまい」

深窓の令嬢を、荷馬車に乗せるわけにはいかない。

リチャードが先に歩き、
その後を、グラスが、ややうつむき加減で続く。

「またのお越しを、
お待ち申し上げております」

女主人だけが、満面の笑みだった。
リチャードは、不機嫌そうで、
グラスは、戸惑っていた。

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