失われた断片・グラスとリチャード
「私の助手を、やってもらう。
手紙の整理とか、清書、口述筆記とか、
お前なら、できるはずだ」

リチャードの仕事は、
舞台をやるようになって、忙しさが増していた。

でも、それは口実であって、
グレイスを、自分のそばに置いておきたいと思ったのだ。

「まず、この原稿の清書をして欲しい。
今度の舞台の脚本だが」

そう言って、
チェストから、一束の書類を取り出した。

「フランス語ができるのなら、問題ないだろう」

自信なさげに首をかしげている、
グレイスの目の前に、書類を無造作に投げた。
それから、
リチャードは、容赦なく言った。

「私は夜まで、もうひと眠りする。起こすな。
起きたら、その原稿チェックをするから」

「わかりました」
グレイスは、スカートの裾をつまんで、貴族の娘のように、頭を下げた。

リチャードはうなずくと、
杖をついて居間から出て行った。

悪くない、合格点だ。
リチャードは、満足していた。
< 58 / 73 >

この作品をシェア

pagetop