京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
「の……のいて、ください!」
「なぜ」
「な、なぜって……」

 まさか理由を問われるとは思わず、瞬間焦った。それでも押しきられるわけにはいかないと、八割方ショートしかけている頭で必死に言葉を引き寄せる。

「セ……セクハラだから!」
「嫁なのに?」
「夫婦間においても同意のない行為は――ていうか嫁じゃない!」

 激しく異議を唱えたら、アーモンドアイがスーッと細められた。青みがかった黒い瞳があやしく底光りする。

「頑固だな。観念して俺の嫁になればいい。知らないのか? なってみれば案外いいものだぞ、夫婦というものも」

 そんなこと知るはずもない。結婚どころか男女交際すらしたことのない十人並みの人間なのだ、こちらは。

 丸い輪郭の顔に、一応二重まぶたで形も悪くないが、さほど大きくはない目。鼻も口も割と小さめで、“コンパクト”といえば聞こえがいいが、要は“凹凸に乏しい”というだけ。

 今は枕の上に広がっている髪は下ろせば肩甲骨に届くけれど、細くてクセがあるからすぐに絡まるので、起きているときはいつも頭の上でひとつにくくっている。

 とりたてて特筆すべきところのない平平凡凡の人間としてこれまで二十一年間生きてきたというのに、どうして今こんなことに――。

 このままでは職と住み家に引き続き、貞操すら失いかけない。
 そんなわけにはいかないと、眼前の男をめいっぱい睨みつけ、毅然とした態度で口を開いた。

「断固としてお断りいたします!」

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