京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
「きゃあっ!」

 悲鳴を上げ、思いきりのけ反った。そのせいでバランスを崩し、後ろにぐらりと体が傾く。
 (かし)いでいく視界に、カラスが飛び去って行くのが見える。

(やられた!)

 カラスに仕返しをされたのだと気づくと同時に、璃世は「ボチャン」と盛大な音を立て川底に落ちた。

「つ……つめたぁいっ!」

 川底に尻もちをついたせいで、一瞬にして凍えそうになる。
 けれどもっと重大なことを思い出し、一瞬で魂が凍りついた。

「け、携帯!」

 慌ててスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、完全に濡れてしまっていた。貴重品と一緒にショルダーバックの中に入れておけばよかったのに、子ネコを助けなければと急いでポケットの中につっこんでしまったのだ。二つ折りのコンパクトさがあだとなってしまった。

 よりにもよってこれから再就職先へ連絡をしようと思っていたところなのに――。

(つ、詰んだ……)

 心折れそうになったとき、腕の中で小さく「ミィ」という声。見るとつぶらな瞳がうかがうようにこちらを見上げていた。幸いなことに子ネコはまったく濡れていない。

「よかった……」

 この小さくて愛くるしい生き物を最後まで守りきれたことで、自分の方が救われたような気分になる。

 「落ち込んでる場合じゃないわよ、璃世! なんとしてでも職と住み家を確保すべし!」

 自分を叱咤して立ち上がり、子ネコを抱えて飛び石を来た方へと渡っていく。
 無事に岸に着いたところで子ネコを下ろし、自分は濡れた体を拭こうとスーツケースのところに戻った――のだけれど。

「あれ……?」

 肝心のスーツケースが見当たらない。
 あのときたしかに階段の上のところに置いたはずだ。――とは思うものの、念のため辺りをキョロキョロと探し回ってみるけれど、影も形もない。

「う、嘘でしょ……」

『置き引き』という言葉が頭の中に浮かび、へなへなとその場に座り込んだ。
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