悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)
10 騎士団
学園の練兵場にはたくさんの騎士団員がいた。
力強い雄叫びがあちこちから聞こえており、かなり男臭い。
弓の訓練をする者達、一対一で剣の格闘する者、馬上で槍の訓練をする者など、様々な男達の動きで地面からは埃が舞っている。
「魔法士団との合同演習の時とはまた一味違いますね……」
リーチェは圧倒されて、そうこぼしてしまった。ハーベルは「まぁな」と笑う。
魔法士団は遠距離から攻撃する者が多いし、二割くらいは女性がいるので、こうして比べてみると両団の雰囲気はまったく違っていた。
見回しても、誰が裏切り者かなんてまったく分からない。
(……魔物討伐の日まで、あと一週間もないのに)
マルクがリーチェにしようとしたのと同じ方法で──手下を使ってハーベルを陥れようとしてくるかは分からないが、警戒するに越したことはない。
ふと、ハーベルに気付いた騎士の一人が、ひらひらと手を振りながらやってきた。
「ハーベル、来てたのか」
王子相手に気安い口調で話しているのは、ロニエル侯爵の長男で騎士団副長のダンだ。ゲームの攻略対象の一人で、短い銀髪に浅黒い肌の野性味のある青年だ。
「ああ。今日は見学だけさせてもらう。彼女はリーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢だ」
「こんにちは、ロニエルさん」
ハーベルが紹介してくれたのでリーチェがそう挨拶すると、ダンがどこか含みのある笑みで彼女を見つめる。
「俺の名前を知ってもらっているとは光栄だねぇ」
「……さすがに騎士団副長のお顔とお名前くらいは、私でも知っていますよ」
リーチェはそう答えた。
むしろリーチェのような下っ端魔法士を騎士団副長が知っていることの方が驚きだ。
「だが、ロジェスチーヌ伯爵令嬢は魔法士団に所属しているんだろう? 今日は何が目的地でここにきた?」
ダンの目には怪しむ色が見て取れた。
ハーベルは彼女をかばうように一歩前に出て言う。
「リーチェは確かに魔法士団所属だったが、今は脱退している。今日は見学に来ただけだ」
しかしダンの目から不審な色は消えない。
リーチェがマルクの手先ではないかと懸念しているのだろう。
(……まぁ、そう思われても仕方がないけど。私だって彼の立場なら、そう疑っていただろうし)
魔法士団と騎士団はそれぞれ第一王子と第二王子をトップに掲げているせいか、団員達の対立が凄まじい。騎士団員は魔法士達を頭でっかちと馬鹿にしているし、魔法士達は騎士達を脳筋の集まりと揶揄している。たびたび団員同士の揉め事が起きるため、そのフォローに追われているのは、それぞれの団の副長だ。だから魔法士団に所属していたリーチェをダンが快く思っていないのは無理もない。
色んな場所をハーベルに案内されたが、その間もダンの怪しむような視線がついて回った。
「何か気になることはあったか?」
そうハーベルが尋ねてくる。
しかしリーチェのような外野が騎士団の人達に意見して良いものだろうか……と彼女が躊躇していると、ハーベルは屈託なく言う。
「立場の違う者から意見をもらえるのは新鮮だからな。遠慮なく言ってくれ」
「ええと……では、戯言だと思って流してくださって構わないのですが……付与魔法を導入すれば、もっと攻撃力や防護力が増すのではないか、と思いました」
それは前々から思っていたことだ。
魔法士団と騎士団がもっと密に連携を持って戦うようになれば、魔物討伐も楽になるだろうと。
とはいえハーベルを敵対視していたマルクには、とても進言できないことだったが。
「付与魔法? あんなの、おまじないみたいなものじゃないか」
ダンがそう口を挟んできた。
確かに一般的な魔法士が使える付与魔法には実践で使えるほどの効果はない。せいぜい街で売っているお守りくらいの感覚だ。
「私はこういう地味な魔法が得意なので、少しはお力になれると思うのですが……」
ハーベルとダンの視線を感じると、だんだんリーチェは自信がなくなってきてセリフが尻すぼみになってしまった。
「なるほど。……じゃあ、試しに見せてもらっても良いか?」
「は、はい」
ハーベルにそう聞かれて、リーチェはうなずく。
そしてハーベルは練兵場を見回し、近くにいた剣の訓練をしている騎士団員に目をつけたようだ。その少年は人型に束ねた藁を切りつけているが、まったく歯が立たない様子だった。仲間達はからかい混じりに彼を小突いている。
「彼が良いだろう」
リーチェ達が歩いていくと、その場を指導していた上級生らしき青年が拳を胸にあてて敬礼する。
それにならって騎士団員達がいっせいに立礼した。
「精が出るな。悪いが、そこの少年をちょっと貸してくれ」
「えっ、ルーカスをですか?」
ハーベルの言葉に戸惑いつつも上級生は了承した。
ルーカスと呼ばれたその少年は痩せており、鎧が体格に似合わず重そうに見えた。癖のある茶髪にそばかすの少年だ。
なぜ突然指名されたのか分からず、ルーカスはおどおどしていた。
ハーベルの視線に促され、リーチェは緊張しつつも少年の剣を借りる。目を閉じて、付与魔法【硬化】と【軽量化】をかけていく。体の内側から魔力が剣に向かって流れていくのを感じた。キラキラとした光が剣にまとい収まる。
「……できました」
リーチェが付与魔法をつけた剣を、ルーカスは困惑ぎみに受け取った。
「付与魔法なんて、役に立つのかよ」
見学していた騎士団員達からは呆れたような声が漏れている。
そう口にした騎士団員をねめつけ、ハーベルはルーカスに向かって言う。
「先ほどみたいに、我々に剣を振るうところを見せてくれないか?」
「は、はい……」
ルーカスは首を縦に振ると、先ほどまで切りつけていた藁人形に向かって剣を振り下ろした。
「……あ、あれ?」
さっくりと。
二つに切れた藁の束が落ちる。見事な切り口だった。
「どうして……? あんなこと付与魔法で、できるのか……?」
ダン副長やその場にいた騎士団員達がざわざわしていた。
ハーベルが目を見開いて驚いている。
「すごいな……リーチェ、きみの付与魔法はどのくらい力を増幅させるんだ?」
「えぇっと……三割くらいです。効果は一時間ほどですが……」
調子が良い時は五割くらい効果が上がるが、あまり期待されると困るので一番低い時の数字を伝えた。
「三割……驚異的な数字だ。それなら十分、戦闘で役に立つ。マルクがあんなにリーチェの退団を必死に阻止しようとしていたのも合点がいくな。話には聞いていたが予想以上だ」
ハーベルは口元を押さえて、何やら考え込んでいる様子だ。
先ほどの騎士団員が興奮した面持ちでリーチェに近づいてきた。
「付与魔法ってすごいんですね! 剣が軽くなって、びっくりしました! それなのに切れ味も凄くて……」
嬉しそうに話すルーカスを見て、リーチェは微笑んだ。
「他にも、矢に【火属性】や【軽量化】の魔法をつけるなど、付与魔法は色んなことに応用ができます」
リーチェの言葉に、ざわつく騎士団員達。
「すごいぞ、俺にも魔法効果をつけてくれ!」
「ずるいぞ! 俺にも!」
そう顔色を変えて詰め寄ってくる騎士団員達に、リーチェは揉みくちゃにされそうになる。
「お前達、落ち着け!」
ハーベルが壁になって守ってくれた。
「リーチェ、もし疲れてなければ他の生徒達にも魔法を見せてやってほしいんだが……協力してくれるか?」
ハーベルにそう頼まれて、リーチェは「もちろん!」と快く了承した。
(こんなに皆が喜んでくれるなんて……)
今まで魔法士団で付与魔法や回復魔法をしても、報われないことが多かった。
頑張っても結局は攻撃魔法ができる者が優遇されてしまうし、リーチェのサポートを自分の手柄にする者さえいた。
もちろん何人かからは感謝されたが、やって当然という態度を取る者も中にはいたのだ。
(私の力が役に立てるなら……)
人々に感謝されて自分の力を振るえることが、こんなに嬉しいものだとは知らなかった。
力強い雄叫びがあちこちから聞こえており、かなり男臭い。
弓の訓練をする者達、一対一で剣の格闘する者、馬上で槍の訓練をする者など、様々な男達の動きで地面からは埃が舞っている。
「魔法士団との合同演習の時とはまた一味違いますね……」
リーチェは圧倒されて、そうこぼしてしまった。ハーベルは「まぁな」と笑う。
魔法士団は遠距離から攻撃する者が多いし、二割くらいは女性がいるので、こうして比べてみると両団の雰囲気はまったく違っていた。
見回しても、誰が裏切り者かなんてまったく分からない。
(……魔物討伐の日まで、あと一週間もないのに)
マルクがリーチェにしようとしたのと同じ方法で──手下を使ってハーベルを陥れようとしてくるかは分からないが、警戒するに越したことはない。
ふと、ハーベルに気付いた騎士の一人が、ひらひらと手を振りながらやってきた。
「ハーベル、来てたのか」
王子相手に気安い口調で話しているのは、ロニエル侯爵の長男で騎士団副長のダンだ。ゲームの攻略対象の一人で、短い銀髪に浅黒い肌の野性味のある青年だ。
「ああ。今日は見学だけさせてもらう。彼女はリーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢だ」
「こんにちは、ロニエルさん」
ハーベルが紹介してくれたのでリーチェがそう挨拶すると、ダンがどこか含みのある笑みで彼女を見つめる。
「俺の名前を知ってもらっているとは光栄だねぇ」
「……さすがに騎士団副長のお顔とお名前くらいは、私でも知っていますよ」
リーチェはそう答えた。
むしろリーチェのような下っ端魔法士を騎士団副長が知っていることの方が驚きだ。
「だが、ロジェスチーヌ伯爵令嬢は魔法士団に所属しているんだろう? 今日は何が目的地でここにきた?」
ダンの目には怪しむ色が見て取れた。
ハーベルは彼女をかばうように一歩前に出て言う。
「リーチェは確かに魔法士団所属だったが、今は脱退している。今日は見学に来ただけだ」
しかしダンの目から不審な色は消えない。
リーチェがマルクの手先ではないかと懸念しているのだろう。
(……まぁ、そう思われても仕方がないけど。私だって彼の立場なら、そう疑っていただろうし)
魔法士団と騎士団はそれぞれ第一王子と第二王子をトップに掲げているせいか、団員達の対立が凄まじい。騎士団員は魔法士達を頭でっかちと馬鹿にしているし、魔法士達は騎士達を脳筋の集まりと揶揄している。たびたび団員同士の揉め事が起きるため、そのフォローに追われているのは、それぞれの団の副長だ。だから魔法士団に所属していたリーチェをダンが快く思っていないのは無理もない。
色んな場所をハーベルに案内されたが、その間もダンの怪しむような視線がついて回った。
「何か気になることはあったか?」
そうハーベルが尋ねてくる。
しかしリーチェのような外野が騎士団の人達に意見して良いものだろうか……と彼女が躊躇していると、ハーベルは屈託なく言う。
「立場の違う者から意見をもらえるのは新鮮だからな。遠慮なく言ってくれ」
「ええと……では、戯言だと思って流してくださって構わないのですが……付与魔法を導入すれば、もっと攻撃力や防護力が増すのではないか、と思いました」
それは前々から思っていたことだ。
魔法士団と騎士団がもっと密に連携を持って戦うようになれば、魔物討伐も楽になるだろうと。
とはいえハーベルを敵対視していたマルクには、とても進言できないことだったが。
「付与魔法? あんなの、おまじないみたいなものじゃないか」
ダンがそう口を挟んできた。
確かに一般的な魔法士が使える付与魔法には実践で使えるほどの効果はない。せいぜい街で売っているお守りくらいの感覚だ。
「私はこういう地味な魔法が得意なので、少しはお力になれると思うのですが……」
ハーベルとダンの視線を感じると、だんだんリーチェは自信がなくなってきてセリフが尻すぼみになってしまった。
「なるほど。……じゃあ、試しに見せてもらっても良いか?」
「は、はい」
ハーベルにそう聞かれて、リーチェはうなずく。
そしてハーベルは練兵場を見回し、近くにいた剣の訓練をしている騎士団員に目をつけたようだ。その少年は人型に束ねた藁を切りつけているが、まったく歯が立たない様子だった。仲間達はからかい混じりに彼を小突いている。
「彼が良いだろう」
リーチェ達が歩いていくと、その場を指導していた上級生らしき青年が拳を胸にあてて敬礼する。
それにならって騎士団員達がいっせいに立礼した。
「精が出るな。悪いが、そこの少年をちょっと貸してくれ」
「えっ、ルーカスをですか?」
ハーベルの言葉に戸惑いつつも上級生は了承した。
ルーカスと呼ばれたその少年は痩せており、鎧が体格に似合わず重そうに見えた。癖のある茶髪にそばかすの少年だ。
なぜ突然指名されたのか分からず、ルーカスはおどおどしていた。
ハーベルの視線に促され、リーチェは緊張しつつも少年の剣を借りる。目を閉じて、付与魔法【硬化】と【軽量化】をかけていく。体の内側から魔力が剣に向かって流れていくのを感じた。キラキラとした光が剣にまとい収まる。
「……できました」
リーチェが付与魔法をつけた剣を、ルーカスは困惑ぎみに受け取った。
「付与魔法なんて、役に立つのかよ」
見学していた騎士団員達からは呆れたような声が漏れている。
そう口にした騎士団員をねめつけ、ハーベルはルーカスに向かって言う。
「先ほどみたいに、我々に剣を振るうところを見せてくれないか?」
「は、はい……」
ルーカスは首を縦に振ると、先ほどまで切りつけていた藁人形に向かって剣を振り下ろした。
「……あ、あれ?」
さっくりと。
二つに切れた藁の束が落ちる。見事な切り口だった。
「どうして……? あんなこと付与魔法で、できるのか……?」
ダン副長やその場にいた騎士団員達がざわざわしていた。
ハーベルが目を見開いて驚いている。
「すごいな……リーチェ、きみの付与魔法はどのくらい力を増幅させるんだ?」
「えぇっと……三割くらいです。効果は一時間ほどですが……」
調子が良い時は五割くらい効果が上がるが、あまり期待されると困るので一番低い時の数字を伝えた。
「三割……驚異的な数字だ。それなら十分、戦闘で役に立つ。マルクがあんなにリーチェの退団を必死に阻止しようとしていたのも合点がいくな。話には聞いていたが予想以上だ」
ハーベルは口元を押さえて、何やら考え込んでいる様子だ。
先ほどの騎士団員が興奮した面持ちでリーチェに近づいてきた。
「付与魔法ってすごいんですね! 剣が軽くなって、びっくりしました! それなのに切れ味も凄くて……」
嬉しそうに話すルーカスを見て、リーチェは微笑んだ。
「他にも、矢に【火属性】や【軽量化】の魔法をつけるなど、付与魔法は色んなことに応用ができます」
リーチェの言葉に、ざわつく騎士団員達。
「すごいぞ、俺にも魔法効果をつけてくれ!」
「ずるいぞ! 俺にも!」
そう顔色を変えて詰め寄ってくる騎士団員達に、リーチェは揉みくちゃにされそうになる。
「お前達、落ち着け!」
ハーベルが壁になって守ってくれた。
「リーチェ、もし疲れてなければ他の生徒達にも魔法を見せてやってほしいんだが……協力してくれるか?」
ハーベルにそう頼まれて、リーチェは「もちろん!」と快く了承した。
(こんなに皆が喜んでくれるなんて……)
今まで魔法士団で付与魔法や回復魔法をしても、報われないことが多かった。
頑張っても結局は攻撃魔法ができる者が優遇されてしまうし、リーチェのサポートを自分の手柄にする者さえいた。
もちろん何人かからは感謝されたが、やって当然という態度を取る者も中にはいたのだ。
(私の力が役に立てるなら……)
人々に感謝されて自分の力を振るえることが、こんなに嬉しいものだとは知らなかった。