悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)

エピローグ

 リーチェは学園のサンルームのテラスで、ララと紅茶を飲んでいた。
 あの事件が終わって、初めてララからお茶に誘われたのだ。ララは真剣な面持ちで、リーチェに向かって言う。

「リーチェ。私はやっぱり、この学園を去るべきじゃないかな……」

「またその話? もう気にしないでって何度も言っているのに」

 リーチェは困ったように笑って紅茶を口に含んだ。
 ララが皆の論文を破棄しようとしたことは、すでにハーベルもダンも知っている。全員がそれを許しているというのに、ララだけが罪悪感がぬぐえないのか、それにこだわっていた。
 リーチェは軽い口調で言う。

「ヒューストン子爵家の借金もなくなったし、マルクもいなくなったし、私達の誰も気にしてないわ。それで良いじゃない」

「でも……」

 まだ泣きそうな顔で言い募ろうとするララの背後に、ダンがかぶさってきた。

「よっ! 何ふたりで話してんの?」

「なっ! は、離れなさいよ!」

 ララは真っ赤な顔でダンに怒鳴った。
 その時、リーチェは悪いことを思いついてしまった。

「ララが私達に償いをしたいんですって。ダンは何にする?」

 リーチェの言葉に、ダンはニヤつく。からかってやる気満々の様子だ。

「そうだなぁ〜。じゃあ一日デートしてもらおうかなぁ?」

「えっ……、デ、デート!? って、ちょっと待ちなさい……ッ! どこに連れて行くつもり!?」

 あたふたしているララを、ダンが強引に引っ張って行く。
 リーチェはララに向かって笑顔で親指を立てた。いつぞやのお返しである。困惑しているララの表情が楽しい。

(ま、ダンはああ見えて紳士だから、大丈夫でしょ)

 ララはダンを拒否しまくっているように見えるが、内心では憎からず思っていることをリーチェは気付いていた。だから背中を押してあげたのだ。

(選択肢を間違えなければダンはヤンデレ化しないから、きっと大丈夫よね)

「あれ? なんか今フラグが立ったような……気のせいか」

 リーチェがぼそりとそうつぶやいた時に、ふいにダンが立ち止まり、振り返ってから彼女に言った。

「そういえば、魔法士団副長のハインツが……ああ、いや、今は魔法士団長だったな。アイツがリーチェと、また団のことを相談したいって言ってたぞ。見かけたら声をかけてやってくれ」

「分かったわ。ありがとう」

 リーチェはうなずいた。
 長年仲たがいしていた騎士団と魔法士団は、あの事件をきっかけに見違えるように関係が改善していた。今では共に訓練もしているし、ひとつの団にまとまろうという動きも出ている。もはや付与魔法や防護魔法だけを扱う者でも、冷遇されることはなくなった。

(きっと来年には……魔法騎士団となって、後輩達が私達のやってきたことを受け継いでいくんでしょうね)

 リーチェは伸びをした。
 眠気を誘う陽気に辺りは包まれている。もうすぐ卒業の季節だ。

「リーチェ!!」

 突然、物陰から出てきて声をかけてきたのはエノーラだった。彼女は腰に手をあてて、ふんぞり返って言う。

「まったく、良いご身分ねぇ。ララ・ヒューストンと二人でのんびりお茶しているなんて……私なんて邪竜をこの身に宿してから忙しくて仕方ないんだから。色んなところから引っ張りだこで、竜の力を貸して欲しいって。まぁ悪い気分ではありませんけど、あなたのように私もお茶する時間が欲しいわぁ」

 はたから見ると、完全に嫌味を言う悪役令嬢である。

(金髪碧眼な見た目も、それっぽいし)

 けれど、リーチェはエノーラに向かって笑みを浮かべた。

「エノーラは忙しいのね。今はどう? 時間があるなら、一緒にお茶する?」

 リーチェがそう誘うと、エノーラの顔がみるみるうちに紅潮していく。彼女は慌てた様子でまくし立てた。

「そっ、そんな、あ、あ、ぁあなたがそうおっしゃるならッ!? まぁ、仕方なくですけれどね! 一緒にお茶してあげても良くってよ! 感謝なさい!!」

 裏返った声でそう言うと、ぎこちなくエノーラは先ほどまでララがいた席に腰を下ろす。
 あの神殿でのやり取り以降、エノーラはリーチェにやたらと変な絡み方をするようになった。

(まるで、これは……猫ね)

 ツンツンしながらも構って欲しくて様子をチラチラと窺ってくるところが前世で実家で飼っていた猫に似ている。
 それを思い出して以降、リーチェはエノーラが猫に見えて仕方なかった。
 エノーラはモジモジしながら言う。

「あっ、あの時のことは……その、私も、感謝しているのよ? 今日はそれを伝えたかっただけ。バタバタしていたから、なかなか言う機会がなくて伝えるのが遅くなっちゃったけど……で、でも勘違いしないでよね! あなたと別に仲良くする気なんてないんだからね! ……ま、まぁ、あの時のお礼として? 困った時に一回くらいは助けてあげても良いけど!」

 リーチェはエノーラに微笑んだ。

「ありがとう。エノーラ」

「べっべつに、良いけど……」

 エノーラは耳を赤くして椅子から飛び上がった。

「き、今日のところはこれで勘弁してあげるわ! 覚えていなさいっ」

 そう捨て台詞を残して、エノーラは走り去って行った。

(元々いじめっ子だったから、どう私に接していいか分からないのかな?)

 リーチェが首を傾げていると、ゆったりとした足取りでハーベルが近付いてきた。

「あれ? ダンが先に来ていたかと思ったんだが……」

「ああ。ララと一緒に行っちゃいました」

 そうリーチェが答えると、ハーベルは「そうか」と、うなずいて、自然にリーチェの向かいに腰掛けた。
 今日は卒業後の行われる、ふたりの結婚式の話を進めることになっていた。
 ハーベルは気まずげな表情をしながら言った。

「卒業したら、すぐにリーチェは王室に入ることになっているだろう。しかし有能なきみを王室に縛り付けて良いものか、俺には分からないんだ。それは世界からしたら大きな損失なのではないだろうかと……」

 リーチェは苦笑いした。

「ハーベル様……、お気遣いありがとうございます。けれど王室に入っても魔法の研究はできますし、私はハーベル様をおそばで支えていくことが生き甲斐なんです。それを奪わないでくださいませ」

 ハーベルは先日、王太子の位を与えられたばかりだ。リーチェは彼を支えていきたいと思っている。

「魔法士の仕事は好きです。けれど、私にとっては推しのそばにいられることが、一番の幸せなんです」

 前世から彼を推してるのは、ずっと変わらない。いや、けれど彼と想いが通じ合ってからは、もっと強欲になってしまった。

「推しって……」

 ハーベルは恥ずかしそうに片手で顔を覆う。
 推しの意味が最初は分からなかった彼も、リーチェが熱心に説明したら理解してくれた。
 リーチェも本人を前にして伝えるのは非常に照れるが、仕方ない。推しは推しであるし、隠すのも変だ。今は開き直っている。

「……ハーベル様は、私の推しですよ」

 リーチェは、はにかむように微笑んだ。

 ハーベルが突然伏せていた顔を上げる。決意のみなぎる表情でリーチェに向き直った。

「──いつも、きみに格好いいところを奪われているような気がするから、今度は俺に言わせてくれ」

 そう言って、彼はリーチェの耳に何事かをささやく。
 すると、みるみるうちにリーチェの顔が赤く染まっていった。
 ハーベルが何を言ったのかは、ふたりだけの秘密である。



【終わり】
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