悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)

9 マルク視点2

 父王にリーチェと婚約したいと何度訴えても、首を振られてしまう。

「すでにハーベルにもロジェスチーヌ伯爵にも了承する旨の書状を送った。そなたは少し遅かったのだ」

 政務室の窓辺で、国王はマルクを振り返りながらそう言った。

「早いもの勝ちだというのですか? ようやく僕が父上のように真実の愛を見つけたというのに」

 マルクは胸に手を当てて、そう懇々と訴える。
 彼には勝算があった。いつも父王は妾である母親を尊重してきた。
 母親譲りの美貌を持つマルクは、ただの義務で結婚した正妃の息子のハーベルよりも甘やかされて育った。欲しいものは望めばいつも与えられてきたのだ。

(──そう、王太子の座以外は)

 王太子になりたいと訴えても、いつも父王にはぐらかされてしまう。
 かといって、父はハーベルにするのも決めかねているように見えた。
 今まで父王のあいまいな態度に振り回されてきた。

「真実の愛か……。だが、ハーベルとロジェスチーヌ伯爵令嬢も運命の相手かもしれないではないか」

 父王の言葉に、マルクは頭が沸騰した。

(あの二人が運命の相手だって!? 冗談じゃない!)

「そんなはずはありません! リーチェはハーベルの強引なやり方で、意に染まない婚約をさせられているだけです! 彼女は僕に気があるんですから……! 間違いないっ」

「マルク、残念だがお前は横恋慕しているようにしか見えないんだよ。兄ならば弟の幸せを祝福してやりなさい。これ以上は見苦しい」

「……っ!!」

「それと、ハーベルから、お前がロジェスチーヌ伯爵令嬢の退団届を受理しようとしないと聞いているが」

「そっ、それは……」

 口ごもるマルクをうんざりしたように見つめて、国王はため息を落とす。

「まさか惚れた女を繋ぎとめたくて、そんな底意地の悪い行為をしているのではないだろうな? 王族としての品位に欠けるぞ。受理してやりなさい」

(……父上は、僕の味方じゃない……)

 マルクは歯切りしながら、父王を睨みつける。

「なぜですか!? 今まで僕のお願い事は何だって叶えてくれていたじゃないですか……! 父上なら、ハーベルとリーチェの婚約を撤回させることもできるでしょう!? その後に僕と彼女を婚約させることだって……!」

 父王が大きくため息を落とした。

「……どうやら、私はお前を甘やかしすぎていたようだ。私が立場の弱いお前に配慮していたことを、そんなふうに勘違いしているとは……ハーベルのように厳しく育てれば良かったな」

 そう国王に言われて、マルクはわなわなと震える。

「……もう良いです」

 マルクはそう吐き捨てて、政務室から出て行った。

(……父上には失望した)

 国王にねだれば、ハーベルとリーチェの婚約を解消させることができると思っていたのに……。
 父にあそこまで釘を刺された以上、リーチェの退団は許容するしかないが……そう簡単に彼女を諦められるわけがない。彼女は僕の運命なのだから。
 そう思いながら、マルクは廊下の途中で立ち止まる。

(──そうだ、欲しいものは自分で手に入れるしかないんだ)

 十年前、ハーベルの母親を毒殺した時のように。
 そのおかげで、宮中でのマルクや母親の立場は前より良くなった。マルクの母親は元は使用人だ。正妃がいた頃は冷遇されていた母も、今では女王のように振る舞っている。
 黙っていたって何も良いことなんて起こらない。立場をより良くしたければ行動するしかないのだ。

「……動かせる駒は何人いたかな?」

 ポツリとつぶやく。
 部下に命じて確認させておこう。確か騎士団に使える者が一人いたはずだ。

 そうと決まれば、マルクは学園へと踵を返す。
 学内の廊下を進んでいると、隅にいた女性達がざわざわとしている。
 彼らの視線の先にいたのは、ハーベルと……マルクの愛する女性、リーチェだった。

「ロジェスチーヌ伯爵令嬢もすっかり見た目が変わったわよね。前とは別人みたい」
「本当にね。今まで化粧っ気がなかったのに、どういう心変わりなのかしら? やっぱり恋?」
「きっとそうよ!」
「きゃあ! 素敵~」
「ハーベル様も最近雰囲気が優しくなられたわよね。あまりお顔が怖く感じなくなってきたわ」
「自然な笑顔もなさっていらっしゃるし。それで最近はファンクラブの会員も増えたみたいよ」
「ロジェスチーヌ伯爵令嬢とお付き合いなさっているからかしらねぇ」
「恋の力ってやつ? 素敵ねぇ」

 マルクに気付かず、女生徒達は好き勝手に話をしていた。
 遠くにいたリーチェがマルクの視線に気付き、顔を強張らせる。
 彼女の傍らにいたハーベルがマルクを警戒し、リーチェを護るようにそっと彼女の肩を抱いた。その様子に色めき立つ女生徒達。
 マルクは苛立ちを覚えた。

(本来なら、そこにいたのは僕だったはずなのに……)

 どうして今は、リーチェにあんな目で見られないといけないのか。

「っ、リー……」

 リーチェに近づこうとした寸前、別の女生徒達がマルクのそばに寄ってきた。

「マルク様、一緒にお茶しませんか?」

 どうやら自分のファンクラブの女生徒のようだ。

「いや、今は……」

 そう断ろうとしたが、そんなやり取りをしている間にリーチェ達は教室の中に姿を消してしまった。 
 内心怒りを抑えつつ、女生徒の相手をする。ハエのようで鬱陶しいが、手荒く接すると己の評判が落ちてしまう。彼女達だってうまく使えば駒になるだろうし。

(……リーチェは、どうして僕にあんな態度をするんだ?)

 これまでだったら、マルクと視線が合えば頬を染めて俯いていていただろうに。ほんの一週間ほど前までなら。

(そうか。きっとハーベルに騙されているに違いない)

 マルクを悪く言うハーベルに毒されてしまっているのだろう。

(……ハーベルさえいなくなれば、リーチェもきっと目を覚ますはずだ)

 彼女さえ取り戻せば、何もかもうまくいく。
 そうマルクは確信していた。

(だからハーベル、僕のために死んでくれ)

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