ひと夏のキセキ
お父さんの鋭い声と、お母さんが立ち上がって椅子が倒れる音は同時だった。


病室を飛び出していくお母さんの後ろ姿はとてもとても小さく震えていた。


「絢。言っていいことと悪いことがあるだろ」


「…ごめんなさい……」


頭に血が上って、思ってもないことを口走ってしまった。


私、最低だ…。


「絢の言いたいことも分かるよ。ずっと我慢してたんだよな。つらい思いさせてごめん」


お父さんのゴツゴツした手が頭を優しく撫でてくれる。


「お父さん…。私…お母さんに酷いこと言っちゃった…」


遥輝を責められて、否定されて、カッとなってしまった。


お母さんが私のために尽くしてくれてることは分かってたのに。


心配してくれてることも痛いくらい分かってたはずなのに。


「お母さんは本気で絢のことを心配してる。ホントは祭りに行かせる事自体ずっと反対してたんだ。それでも、絢がどうしてもって言うなら、楽しんでほしいからって最終的には賛成してくれた。

口には出さなくても、お母さんはずっとずっと絢のことを心配して悩んで、ここまでやってきた。何が絢のためになるのか葛藤して、不安で一睡もしてない日を何度も見てきた。健康に産んであげられなかった自分を責めて泣いてたことも何度もある。

お母さんはさ、本当に心の底から絢のことが大切なんだよ。もちろんお父さんだってそう思ってる。絢のことが大切で、どうしても失いたくないから、絢を縛ってしまう。ホントは自由にさせてあげたいけど、何かあったら取り返しがつかないから。

その気持ち、ほんの一部でもいいから分かってあげてくれないか?」


お父さんは、怒るふうでもなく、優しく穏やかに語りかけてくれた。


その言葉ひとつひとつが重みを持ってスッと心に落ちていく。


「ほんとは分かってるの。お母さんが私のことを思って言ってくれてること、分かってた。なに…」


「しかたないよ。お互い冷静じゃなかったから。だから、明日落ち着いてまた話そう?な?」


「うん…。ほんとにごめんなさい……」


絶対にお母さんのことを傷つけた。


お母さんのせいだなんて、口が裂けても言っちゃいけなかった。


「大丈夫だから。今日はもう寝な?絢が寝るまでここにいるから」


「…うん……」


一定の間隔で頭を撫で続けてくれるお父さんの温もりと、してもしきれない後悔を胸に残して、私は眠りについた。
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