ひと夏のキセキ
「…私は、遥輝にもう会えないのは寂しいよ。遥輝は違うの?」


「違くねぇよ」


絞り出したような苦しそうな声。


「だったらなんで、もう会わないって言うの?そんなのヤダよ…。もうワガママ言わないし、無茶もしないって約束するから、お願いだから側にいてよ…」


自分から離れたのに、やっぱり遥輝の温もりが恋しくて、手を握る。


握り返してはくれなかった。


「遥輝まで私の幸せ、奪わないでよ…」


「……」


昨日まで、本当に幸せだった。


人並みの幸せを味わえて、心の底から嬉しかった。


なのに…。


幸せな日々とは今日でお別れなんだね。


こんなことなら、お祭りになんて行かなければよかった。


こんな苦しい思いするくらいなら、はじめから幸せなんて知りたくなかった。


一度も知らないまま、人生を終えたかった。


中途半端な幸せなんて、苦しいだけだ。


幸せな時間に戻りたくなる。


でも戻れない。


この苦しみは幸せを知ってしまった人にしか分からない。


だったら私は、幸せになんてなりたくなかった。


「遥輝は罪な人だね。中途半端な優しさなんていらなかったのに」


「…ごめ―」


「バイバイ、遥輝。今までありがとう。幸せになってね」


これ以上遥輝の顔は見れない。


カーテンをシャッと閉め、遥輝とのつながりを断つ。


灰色のシルエットが椅子から崩れ落ちた―。


「大好きだよ…遥輝……」


ずっとずっと、愛してる…。


でも、さようなら。


それがあなたの決断だと言うのなら、私にはもうどうすることもできないから。


だからどうか、私がいなくなったあとも幸せでいてください。




とめどなく溢れる涙が、憎いくらい白いシーツを濡らし続けていた―
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