ひと夏のキセキ
「絢は俺とアイツの何を知りてぇの?」


「なんで神田先生をそんなに嫌うのかとか、何があったのかとか…かな」


いざ面と向かって質問すると緊張する。


そんな私とは対照的に、遥輝は無表情でスラスラと語った。


「アイツは家族を二人も殺した。俺の母親と妹。

茜は産まれたときから脳に障がいがあって、発達が遅い子だった。だから育てるのも大変だっただろうな。

茜が生まれから母親の笑顔は徐々に消えていった。俺の前だろうと構うことなく号泣したり、半狂乱になったり。

アイツはそんな母親を一度も気にかけなかった。仕事が忙しいことを理由にして、家事育児に関わろうとしなかった。茜とアイツが話してるところなんて見たことがない。アイツは俺や茜の育児を母親にすべて押し付けてた。

だから母親は壊れた。“もう無理、育てられない、死にたい”そう言って母親はベランダから飛び降りた。

アイツが家庭に関わらなかったばっかりに、母親は追い詰められて自殺したんだ。

その時俺は中1だった。茜は小5。俺たちにできることなんてなかった。俺たちには母親を助ける術なんてなかった。

助けられたのはアイツだけだったのに。アイツは母親が死ぬまで何も知らなかった。母親の心が疲れ切っていることに気付こうともしなかった。

アイツが母親を死に追い込んだんだよ。

でも茜はそう捉えなかった。

自分が母親を殺したんだって思って、塞ぎ込むようになった。茜は、発達こそ遅かったけど、明るくて優しい素直な子だった。そんな茜が別人みたいに暗くなって、笑わない子になった。

俺もどうしていいか分かんなくて。アイツに相談したって、“分からない、知らない”の繰り返し。そうこうしてるうちに茜がイジメられるようになった。そのイジメがエスカレートして茜も自殺した。

アイツは人間として終わってんだよ。

家族が苦しんでるのに、仕事ばっかりしてんだぜ。意味わかんねぇよ。アイツがあんなんじゃなけりゃ母親も茜も死ななかった。だから俺はアイツを許さない。アイツが家族を壊したんだ」
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