キミは海の底に沈む【完】
「医者も無理に思い出さない方がいいって言ってたから」
デリケートな脳…。
「潮くんはそれでいいのですか…」
今朝、私に向かって〝はじめまして〟と言った男。毎日毎日、私に〝はじめまして〟を言わないといけないのに…。
「いいよ、俺は凪と一緒にいればいいから」
レストランを出たあと、潮くんは色々なところに連れていってくれた。
デパートの中、公園。
やっぱりどこも初めて行くところだけど、〝私〟が好きらしい場所に連れていってくれる潮くんは私の手を離さなかった。
夕方になる頃には、もう慣れたっていう言い方はおかしいかもしれないけど。きちんと潮くんの目を見れるようになった。
潮くんが私を見て笑えば、私も笑っていた。
「そろそろ帰ろう」と、どこかの駅から家へと向かおうとした時だった。
──「潮じゃん」
と、その声が聞こえたのは。
潮という名前に振り向いたのは、私だけじゃない。潮くんもその声の方に振り向いた。
その時見た潮くんの横顔は、今まで私が見ていた表情とは違っていた。
眉間にシワを寄せて、言葉で表すのなら複雑という言葉が正しいのかもしれない。
振り向いた先には、紺色のスボンを着てる同い年ぐらいの男の子3人がいた。
長袖のカッターシャツ。
それどもその制服をきちんとは着ていなく、少しだらしなく着ていた。
明るい髪色は、全く黒髪の潮くんとはかけ離れていて。
「藤沢…」
潮くんが、ぽつりと名前を呟いた。
ふじさわ。
どうやら、3人のうち、1人だけこっちを見ている金髪の人が潮くんと知り合いらしく。
こっちを見て、何だか違和感のある笑みを浮かべる藤沢という人は、何故か足を進め私たちの方に歩いてくる。
その瞬間、握れた手が強くなった気がした。
「久しぶり。中学の卒業以来?かわいいじゃん、彼女?」
藤沢という男は、私の顔を見てまた笑を零した。その笑みの違和感が、まだ何か分からず…。
困って視線を下に向けると、潮くんの体が動き、まるで藤沢という人に私を見せないようにした。潮くんの背中に隠れた私は…
「なんてな、お前、まだその女とつるんでんの?」
会ったこともないのに、〝苦手〟だと感じた。
いや、会ってる…?
私はこの人を知ってる?
「…俺の女だ、〝その女〟とか言うな」
潮くんの言葉に、ふ、と、鼻で笑った男。
「なに、もう記憶喪失治ったわけ?」
知ってる…?
私ことを?
この人は誰?
「…藤沢」
「お前、よく〝俺の女〟とか言えんね。そいつの事虐めてたくせに」
この人は、誰…?
「那月、誰?知り合い?」
その時、藤沢という人のそばに居た2人が近づいてきた。その2人も、外見が派手のようで。
「そー、小中同じだったやつ。2人とも」
「あーそうなん?」
「仲良かったんだけど、もう絶交してるから仲悪いんだよな」
仲良かった?
潮くんとこの人が?
絶交…?
仲が悪い?
「なあ、潮? 俺ら一緒にそいつを虐めた仲だもんな?」
一緒に、
虐めた仲…?
「え、どういうこと?」
……潮くんは、何も言わない。
藤沢という人が、男友達と喋ってる。
「小学校のころ、後ろの女をすげぇ虐めてて。何したっけ?背中から蹴ったりしたよな?2人で」
「は?」
「潮の口癖は、「明日になれば忘れるから何してもいい」だったもんな」
明日になれば忘れる?
「なあ、潮、今どんな気持ち?」