キミは海の底に沈む【完】
私に背中を向けている潮くんの表情が見えない。潮くんは藤沢と呼ばれた知り合いの人を無視するように「行こう」と私の手を強く握りしめると、その場から離れようとして少し早足で歩き出す。
そんな背後から、
「裏切り者」
と、すごく怖い声が聞こえたような気がしたけど。私は怖くて振り向くことができなかった。
しばらくそのまま歩き、私の住む家らしい見覚えのあるマンションにたどり着いたところで、ようやく潮くんは足を止めた。
「…ごめん」
気まずそうに、そう謝る潮くんの心の中が分からない。
〝何を〟謝っているんだろうって。
「…今の人、誰ですか?私のことも知ってた…」
「…今のは、藤沢那月って言って、俺らの小学校の時の同級生」
潮くんは私の方に振り返ると、本当に申し訳なさそうに、眉を下げた。
「わたしのこと…虐めてたって…、」
声が、震える。
「…うん」
「あの人と、潮くんが、私を虐めてた…?」
「うん…」
「明日になれば、忘れるって…潮くんいってたんですか」
「…うん」
「否定しないんですか?潮くんは、私を蹴ったり、そんなことしてたんですか…」
あの人が言ってたことは、本当なの?
どうして潮くんが悲しそうな顔をするか分からない。だって、だって、だって。
「…否定はしない」
心をえぐられるような感覚だった。
だって、潮くんは私の彼氏のはずだった。
日記のファイルにも、潮くんのいい所ばかり書かれていた。
だったら、あのファイルはなに?
「さっき…言いましたよね、一目惚れだったって…」
「…言った」
「一目惚れして、私に暴力をふるってたんですか…」
「……」
「そ、そんなの…」
「全部本当。凪を苛めてたのも、一目惚れしたのも…」
「嘘…」
「嘘じゃない」
「あ、あの、あの日記は…」
本当に、私が書いたもの?
記憶がないから分からない。
私じゃなくて、他の誰かが書いたものじゃないの?──もしかしたら、書いたのは潮くんかもしれない。
「あれは凪が書いた、俺は一切中を見てない」
「うそ…」
「俺はもう凪を絶対に傷つけない…」
「…やめて…」
「俺を疑う気持ちは分かる、けど、信じてほしい」
なにを、信じろって?
分からない…。
記憶がない私には、何を信じればいいか分からない…。
あからさまに目が泳ぐ私を見て、潮くんは「信じてくれ…」と泣きそうになりながら言う。
信じる?潮くんを?──…信じたいと思う気持ちの反面、信じられないという思いが交差する。
「…分からないです…」
「凪…」
「今はあなたから離れたい…」
「…凪、俺は本当にお前が好きだ。ずっとずっと出会ってから今も、これからもお前が好きだ」
焦ったように言う彼。
〝潮くんを泣かせないでほしい〟
昨日の私の願いは、叶いそうにない。
「離れたいです…」
「凪」
「…ごめんなさい」
「…凪」
「今も、あなたに〝明日には忘れてる〟って思われているかと思うと、耐えられません…」
「…思ってない、俺は毎日凪に会えるだけで嬉しい」
「ごめんなさい…」
「…凪」
「手を離してください…」
しぶしぶ、という感じだった。
悔しそうに、私の手を離した彼は「部屋の前まで送る」と呟いた。
私は彼の顔が見れなかった。
部屋まで送られても、口が開くことはなくて。
「また明日な」
そう言って笑う潮くんに、何を言えばいいか分からなかった。
そんな背後から、
「裏切り者」
と、すごく怖い声が聞こえたような気がしたけど。私は怖くて振り向くことができなかった。
しばらくそのまま歩き、私の住む家らしい見覚えのあるマンションにたどり着いたところで、ようやく潮くんは足を止めた。
「…ごめん」
気まずそうに、そう謝る潮くんの心の中が分からない。
〝何を〟謝っているんだろうって。
「…今の人、誰ですか?私のことも知ってた…」
「…今のは、藤沢那月って言って、俺らの小学校の時の同級生」
潮くんは私の方に振り返ると、本当に申し訳なさそうに、眉を下げた。
「わたしのこと…虐めてたって…、」
声が、震える。
「…うん」
「あの人と、潮くんが、私を虐めてた…?」
「うん…」
「明日になれば、忘れるって…潮くんいってたんですか」
「…うん」
「否定しないんですか?潮くんは、私を蹴ったり、そんなことしてたんですか…」
あの人が言ってたことは、本当なの?
どうして潮くんが悲しそうな顔をするか分からない。だって、だって、だって。
「…否定はしない」
心をえぐられるような感覚だった。
だって、潮くんは私の彼氏のはずだった。
日記のファイルにも、潮くんのいい所ばかり書かれていた。
だったら、あのファイルはなに?
「さっき…言いましたよね、一目惚れだったって…」
「…言った」
「一目惚れして、私に暴力をふるってたんですか…」
「……」
「そ、そんなの…」
「全部本当。凪を苛めてたのも、一目惚れしたのも…」
「嘘…」
「嘘じゃない」
「あ、あの、あの日記は…」
本当に、私が書いたもの?
記憶がないから分からない。
私じゃなくて、他の誰かが書いたものじゃないの?──もしかしたら、書いたのは潮くんかもしれない。
「あれは凪が書いた、俺は一切中を見てない」
「うそ…」
「俺はもう凪を絶対に傷つけない…」
「…やめて…」
「俺を疑う気持ちは分かる、けど、信じてほしい」
なにを、信じろって?
分からない…。
記憶がない私には、何を信じればいいか分からない…。
あからさまに目が泳ぐ私を見て、潮くんは「信じてくれ…」と泣きそうになりながら言う。
信じる?潮くんを?──…信じたいと思う気持ちの反面、信じられないという思いが交差する。
「…分からないです…」
「凪…」
「今はあなたから離れたい…」
「…凪、俺は本当にお前が好きだ。ずっとずっと出会ってから今も、これからもお前が好きだ」
焦ったように言う彼。
〝潮くんを泣かせないでほしい〟
昨日の私の願いは、叶いそうにない。
「離れたいです…」
「凪」
「…ごめんなさい」
「…凪」
「今も、あなたに〝明日には忘れてる〟って思われているかと思うと、耐えられません…」
「…思ってない、俺は毎日凪に会えるだけで嬉しい」
「ごめんなさい…」
「…凪」
「手を離してください…」
しぶしぶ、という感じだった。
悔しそうに、私の手を離した彼は「部屋の前まで送る」と呟いた。
私は彼の顔が見れなかった。
部屋まで送られても、口が開くことはなくて。
「また明日な」
そう言って笑う潮くんに、何を言えばいいか分からなかった。