キミは海の底に沈む【完】
令和2年7月16日
──…暑苦しくて、目を覚ました。
暖房とかじゃなくて、夏特有の暑さ、って説明した方がいいのかもしれない。
寝がえりをうち、ゆっくりと体を起こそうとすれば、見慣れない景色に自分の体が飛び起きるのが分かった。
見慣れない部屋。
見渡しても、記憶にないものばかりで。
え?え?と、暑苦しくて目が覚めたのに、一瞬にして戸惑いと冷や汗をかくのが分かった。
布団から出て、私は急いでこの部屋の窓を開けた。ヒッ…、と思わず後ずさる。
高い…ここはマンションらしい。
この高さじゃ、ここから逃げることもできなくて。
もう一度キョロキョロと部屋の中を見渡してみた。
誰の部屋かも分からない机の上を見ると白いファイルが置いてある。
そしてクローゼットを開けてみれば、誰かの服か分からないものが並んであった。
────ここはどこ? 誰の部屋?
全く知らない場所。
もしかして私は誘拐されたの?
焦りながら、そう思っていると、突然部屋の中から音が鳴り響いた。ピピピ…となる、電子音。
ビクッと驚きながら床の方を見れば、ベットの枕もとにスマホが置かれていて。〝アラーム〟と表示されていた。
アラーム?
スマホ?
いったい、誰の?
もしかして私をここに連れてきた誘拐犯…?
この部屋に忘れていったのだろうか…?
とりあえず音を消してみた。
このスマホで、警察に電話した方がいい?
分からない…。
待ち受け画面に戻り、そこに目を向ければ、
〝机の上のファイルを見る〟と、よく分からない文字の待受画面にされていた。
これはなに…?
どういう意味?
なにかの暗号…?
確かに、部屋の中にある机の上には白のファイルが置かれている。
誰のファイル…?
スマホを机の上に置き、恐る恐るそのファイルを開けた。
〝あなたの名前は澤田凪です
これは平成28年7月3日の私が書いたものです
あなたは10歳の頃、脳の病気になってしまい
今日あったことを明日に必ず忘れてしまいます
このファイルは日記のようなものです
読んでください
今日の私へ
今日の出来事、なんでもいいです
明日の私へ何か伝えてください
よろしくお願いします〟
意味が分からない…。
そもそも澤田凪って誰?
この部屋の住民?
〝私〟っていうことは、女性の方?
どうして私はその〝澤田凪〟という女性の部屋にいるんだろう?
そう思っていると、焦る私に追い打ちをかけるように、気づいたことがある。
──…私は自分の名前が分からない…。
私はいったい誰?どこから来たの?
冷や汗が止まらない。
〝6時20分 起床
6時50分までファイルを見る
7時30分までにすること
①制服に着替える
制服はクローゼット
ブラウス下着類もクローゼットの棚の中
②ご飯を食べる
③身支度をする
時間割の確認もする
④7時30分 学校へ行く
ウシオくんと一緒に行く〟
意味の分からない紙まである。
これはいったい何…?!
バクバクと心臓がうるさく、その白いファイルを1枚めくった。これは〝澤田凪〟という人の日記らしい。
日記に出てくるウシオという名前。
ウシオ…?
ウシオって誰なの…。
分からないけど、私が本当に誘拐されたのなら、私はここから出なくちゃいけない。
警察に行こう…。
そう思って、念の為と手に持っているファイルを持った。スマホから警察に電話をしようと思ったけど、もしかしたらこの部屋には盗聴器が仕掛けられてるかもしれないから。
恐る恐る、扉を開ければ、そこの廊下には誰もいなくて。安心の溜息をつきながら玄関らしい方へと足を進めようとしたその時だった、
「凪? 起きたの?」
と、女の人の声が聞こえたのは。
ビクッと肩がありえないぐらいに震え、私は急いで玄関へと向かった。
走り出した私に、その女の人は驚いたらしく「凪?!」と、慌てて私を追いかけようとするから。
「来ないで!!」って叫んでたと思う。
外に出た私は、近くにあった階段を寝巻きのままおりた。裸足のままだった。
「凪!!!」と大声を叫ぶ女性…。
さっきの人が誘拐犯?
私を〝澤田凪〟の代わりに連れて来たのだろうか?
分からない。
白いファイルを持ったまま私は走った。
無我夢中だった。
いつの間にか、追いかけてきていた女性の声は消えていた。